あの頃わたしは若かった その壱 | あるがまま ~彼女とネコと同居中~

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同性の彼女とネコとの平凡だけど温かい暮らし日記

今週に入ってなぎの事故関連のつまらん話ばっかり。


昨日でいったん終了のつもり。(多分ね)

なぎが帰って来ても、二人とも苦笑で話にならんかったの。


まともな方法で相手にダメージを与えようとしても(例えば訴えるとか)

それを「痛手」と感じる神経がそもそもないのでは?と。

それがあれば、まず恥ずかしくて復帰できるはずないし…。


そんな訳で、当分この問題は「保留」の引き出しへ。

派遣をこのまま見逃すつもりはないけど、しばらく間をあけてから…ね。

なぎは会社ではもう必要最低限の事しかしないと決めて、

今朝は「ロト6攻略書」を持参して出勤していった。


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昨日、あるブログで痛い話を読んで爆笑して、自分の学生時代を思い出した。


大学2回生から卒業まで、小さなパン屋さんでアルバイトしてた。


平日は朝の6時から8時まで、それから学校行って。

学校から帰ったら、夕方は17時から19時の閉店まで。

土日は人数によって6時から13時まで。長い時で16時まで。


一週間全部入ってたわけじゃないけど、パンの生地を触らせて

もらいたくて、平日の朝はなるべく入れてもらったな。

月曜の朝は誰も入りたがる人がいなくて、3年間全部引き受けた。



バイトを始めて一年半くらい経った2月のある寒い日。


ちょうど大学の後期試験も終わったとこで、この春休みは実家には

あまり帰らんとバイトしとこっかな~って思っててね。


それで連日、早朝から昼過ぎ、時間があれば夕方からもシフトに

入れてもらってたの。(家からチャリで2分くらいのとこやったし)


その日は朝から雪がいっぱい降って、店の前も真っ白。

私はその日一人だけのバイトやって、京都でもそんなに降るのは

珍しいからって店長が店の前で写真撮ってくれた。

それが朝5時半のこと。浮かれポンチがいけなかったのか?


仕事は順調にこなしていった。

ほとんどレジ打ちやし。

あとはパン出しとか、手が空いたらちょっと工場の手伝いとか。


お昼をまたいで仕事するときは、店長がご飯食べさせてくれるの。

店と住居がつながった小さな個人店でね。

その日も何か忘れたけど、店長と従業員の人と食べたと思う。


で、その日は16時まで入ることになってたから、昼食後また店へ。


昼前に食パンが上がってて、お客さんからのオーダーで切るのは

もちろんなんやけど、それやってると時間がかかるから、何斤かは

先に切っておくのね。

4枚切、5枚切、6枚切を2斤ずつ袋に入れるのがパターンやった。



当時のスライサーって今のみたいにしっかりとした保護カバーって

ついてなくて、刃が剥きだしやったのね。


こんなの

こんなかんじやったなあ。

今ドキのタイプは「刃」の部分にカバーがついてるのね。


「さ~。やるか~。」とスライサーの前に立って、いつものように

スッスッスッとスライスしていったの。


右手でパンを切るレバーを動かして、刃の向こうの左手で

切れた食パンをポンポンと手の平に重ねていく。

食パン一本からは3斤の食パンが切れるのね。


とりあえずそこまで切って…

最後の一斤のとこでスライサーを止めて、左側にあるパンを取ろうとした。



その時…












ガンッ











いやな音が。









スライサーの刃は、スイッチを切ってもしばらく回転してる。





長くなるから続く。