そろそろ進路を決定しなければならない高校2年の冬。
通っていた塾が遠かったのもあったし、頻繁に行っていたので、
その時の英語の講師(現在の私の恩師にあたります)が、
「駅近くの子供の家庭教師に行くから、送ってあげる。」と
言ってくれたの。
その先生の授業を初めて受けた時、「目からウロコ」というか、
「この人の授業…今までの先生と全然違う!ついて行こう。」
と思ったの。衝撃的だった。
で、もう21時だったし、先生が「うどんでも食べようか。おごるで。」と
言って、先生の馴染みのうどん屋に連れて行ってもらった。
そして駅まで送ってもらって…
電車まで少し時間があったので、車の中で先生と話した。
「あのさ、先生、うちね、お母さんが浮気して離婚しそうなんよ。
家が荒れて荒れて。しっかりしないといけないのはわかってるけど、
お母さんが許せない…。だから距離をおくために、どうしても県外の
大学に行きたいの。」
その時、先生は25歳。
私はてっきり慰めてくれると思ってた。
でも…
「あほか!あんたは。あんたはお母さんを『母親』という目でしか
見てないからやろう!たとえ浮気であったとしても、それの何が悪い?
お母さんはたまたま結婚してるだけで、『一人の女性』として恋愛したん
とちゃうんか?私だって、一生一人の男性と…なんて確約できへんで!」
と一喝された。
そしてその後に
「だけどあなたがそれで苦しくて、距離を置きたくて県外の大学に行きたいと
言うなら私は協力するから。今の成績じゃ到底、志望校には追いつかないから
これから私の指示する参考書を覚えるまで繰り返し、あほらしくなるまでやりなさい。」
って言ってくれたの。
後に話してくれたんだけど、その当時の先生も苦しい恋愛をしていたらしい。
涙が出るほど嬉しかった。 っていうか実際、先生と別れてから泣いた。
親友のみぽりんに話したのもこのすぐ後だったかな。
それから更に私の猛勉強が始まった。
私の卒業した高校、現役で大学に入る生徒なんてほとんど
いないようなレベルの低い高校だったから。
でもそれから二ヶ月もしないうちに先生が病気で倒れた。
初めは原因がわからなかったけど、ストレスから来るパニック障害だった。
当時はまだそんなにメジャーな病気?ではなく、判明するのに
ものすごく時間がかかった。
先生は塾には来られなくなってしまった。
また道に迷うのか…と怖かった。
先生は外出はおろか、電話も出来ない状態になってしまったので、
私は一週間に一度くらいのペースで手紙を書き続けた。
先生の指定した参考書の分からないところの質問とか近況とか。
先生の調子が少しいい時に手紙で質問内容の返答があって、
それで何とかクリアしていった。
そして、もう高校三年の夏になっていた。
17時から21時まで塾。帰って23時に寝て、3時に起きて、
7時まで勉強してから学校へ行った。
でも、それでもまだ私の成績はそこまで上がらなかった。
ものすごく焦った。
でも先生は、「私の指示を信じなさい。」と。
ただそれだけに従って、同じ問題を何度も何度も解いていた。
自分の存在の意味を問うのと同じくらいに。
まだまだ続く。