あの嵐のような危機と、涙の再構築から十数年の歳月が流れた。
僕たちの子供たちは、驚くほどの早さで成長していった。
泣き虫でいつも夏実の足にしがみついていた長男の陸は、いつの間にか僕の背丈を越える逞しい高校生になり、部活のサッカーに打ち込む毎日を送っている。甘えん坊だった長女の結愛も、母親譲りの綺麗なブラウンの髪を揺らす中学生になり、友人関係やおしゃれに忙しいお年頃だ。
「パパ、今日部活で遅くなるから夕飯先に食べてて!」
「お父さん、私のスマホの充電器知らない!?」
朝の洗面所や玄関は相変わらずの戦場だが、あの頃のような「息の詰まる育児の疲労」はもうない。子供たちは自分の足でしっかりと歩き始め、僕と夏実の手から少しずつ、けれど確実に離れようとしていた。
子供たちが成長し、手がかからなくなるにつれて、僕と夏実には「夫婦二人きりの時間」が自然と増えていった。
休日の午後。子供たちがそれぞれの用事で出かけている静かなリビングで、僕たちはよく二人で映画を見たり、他愛のないおしゃべりをしたりして過ごした。
「陸のやつ、最近やけにスマホを気にしてるんだよな。あれは絶対に彼女ができたな」
「もう、パパったら詮索しちゃダメよ。結愛だって、最近洗面所を占領する時間が長くなったんだから」
コーヒーを淹れながら笑い合う。
僕たちの会話の中心は依然として子供たちのことだったが、かつてのような「業務連絡」ではなく、親としての喜びと少しの寂しさを共有する、温かい時間だった。
あの再構築の誓いから、僕たちは「月に一度のデート」を欠かさず続けている。
結婚記念日のディナーはもちろん、特別な日でなくても、話題の映画を見に行ったり、少し遠出して美味しいお蕎麦を食べに行ったり。
ある日のデートの帰り道。
夕暮れ時の街を並んで歩いていると、夏実が自然な動作で僕の手に自分の手を重ね、指を絡めてきた。
「健人さん」
「ん?」
「こうして手を繋いで歩くの、若い頃に戻ったみたいでなんだか照れくさいね。もう、いい年なのに」
目尻に少しだけ増えた笑いジワを細めて、夏実がはにかむ。
確かに、僕たちはもう若くはない。僕の髪には白いものが混じり始め、夏実も「最近、疲れが取れにくくて」とこぼすことが増えた。
「年齢なんて関係ないよ。俺にとっては、春の雨の日に出会った時から、君はずっと変わらず綺麗で、世界で一番可愛い女性だ」
「もう、相変わらず口が上手いんだから」
照れ隠しに僕の腕を軽く小突く彼女を引き寄せ、僕はその肩を抱いて歩幅を合わせた。
あの絶望的な泥沼の危機を乗り越えた僕たちの絆は、もはやちょっとやそっとのことでは揺らがない。情熱の形は、若かりし頃の「互いを激しく求め合う熱」から、「相手の存在そのものを慈しみ、守り抜く」という、穏やかで太い愛情へと変化していた。
夜、寝室で同じベッドに横たわり、眠りにつく前の数十分。
互いのその日の出来事を話し、手を繋ぎ、時には静かに抱きしめ合ってキスをする。夫婦の営みも、若かった頃のような激しさはないものの、互いの体温と魂をゆっくりと確かめ合うような、深く満たされた時間として確かに存在していた。
「健人さんがいてくれて、本当によかった」
僕の胸に顔を埋め、夏実が安心しきった声で呟く。
「俺の方こそ。君が俺を見捨てずに、ずっとそばにいてくれたから、今があるんだ」
成長していく子供たちの背中を見守りながら、僕たちは失いかけた「夫婦の時間」を、少しずつ、丁寧に拾い集めていた。
家族としての役割を全うしながらも、僕たちは決して「男と女」であることを手放さなかった。それが、一度地獄を見た僕たちが見つけた、夫婦が永遠に愛し合い続けるための、たった一つの確かな答えだったのだ。