某市の海岸通りにある創業百年の高級老舗寿司店「波頭(なみがしら)」。今夜、政財界の大物が集まる極秘会合のメインディッシュとして出される予定だった、一キロ数百万円とされる伝説の天然本マグロの「大トロの塊」が、板場の冷蔵庫から忽然と姿を消した。
現場にいち早く駆けつけたのは、小柄な体をせわしなく動かすスモール探偵である。彼はカウンターの上を飛び回り、得意げに声を張り上げた。
「ふははは! 板前の皆さん、ご苦労様です! この食通を揺るがす大強奪事件、私スモールがシャリを握るよりも速く解決して差し上げましょう!」
1.スモール探偵の踏みとどまり、からの大やらかし
スモール探偵は、冷蔵庫のすぐ脇の床に、なぜか「ピンク色のちいさな物体」がポロッと落とされているのを発見した。彼は手を伸ばしかけて……ピタリと動きを止めた。
「……いや, 待てよ? 前回の事件で、私は消火砂袋を爆破して銀行をサハラ砂漠にしてしまった。同じ轍は絶対に踏まない! 今の私は、魚の脂(ドコサヘキサエン酸)の分子構造から犯人の体温を逆算する、バイオ・ガストロノミー探偵へと進化したのだ!」
スモール探偵の立派な(?)成長に、怯えていた見習い職人たちが「おおっ」と小さな拍手を送る。
「皆さん、このピンクの物体には特殊な糖分が含まれている! これは犯人が『大トロ』を偽装するために用意した、海外製の特殊プラスチック模型の破片に違いない! 私が持参した『超高圧・有機物凍結スプレー』をこの板場全体に散布し、偽物の分子をカチカチに凍らせて、犯人の逃走経路を物理的に完全封鎖してみせましょう!」
スモール探偵はドヤ顔で、背負った巨大なタンクのノズルを前に向け、一気に噴射レバーを引き絞った。
「これでお前のディナーは完全にフリーズだ! おあいそといこうか!!」
プシューーーーーーッ!!!
ノズルから放たれたのは、模型を凍らせるどころか、あらゆる水分を瞬間的に過冷却して凍結させる「超高濃度・液体窒素ガス」だった。ガスは換気扇の風に乗って板場全体に広がり、なんとカウンターの奥に設置されていた『江戸時代から伝わる秘伝の特大タレ壺(時価500万円)』に直撃!
バリバリボコッ!! という凄まじい凍結音と共に、壺の中のタレが一瞬にして「巨大な醤油氷の塊」へと変貌。その急激な体積膨張に耐えかねた歴史ある陶器の壺が**「バリバリガシャーーーン!!」**と大爆破し、板場は一瞬にして凍りついたタレの破片が降り注ぐ氷河期のような大混乱の修羅場と化した。
「うわあああっ!? 秘伝のタレが凍って爆発したぁぁぁっ!?」
スモール探偵は飛び散ったタレ氷の衝撃波で吹き飛ばされ、そのまま店内の「巨大な生け簀(いけす)」に頭からパシャーンと突っ込み、伊勢海老に髪を引っ掴まれたまま気絶してしまった。
2.覆る真実
「あーあ、また大惨事だ……」
生け簀の中からスモール探偵の足を引き揚げながら、ベテランの鑑識官がため息をついた。
「あの『大トロの塊』の失踪原因、グルメ怪盗の仕業でも何でもなく、ただの『まぬけな寿司職人』の自爆だったんだよ。今日、板場に入ったばかりの新人寿司職人の男が、仕込み中に猛烈に寝ぼけてたんだな。自分の**『ピンク色のいちご大福(120円)』**を大トロの代わりに高級桐箱の中に神々しく納め、本物の天然本マグロの方は『デザート用のお皿』に載せてバックヤードの休憩室の机に放り込んでたんだ。要するに、ただの私物と食材の入れ替えミス。本物はさっき、その職人が『おやつに大福食べよーっと!』って休憩室で皿の上の塊に醤油をつけて思い切りかじりつき、『うわっ、生臭っ!!』って初めて気づいて外で腰を抜かしてるよ」
つまり、事件性は最初から皆無であり、ただの信じられないほどおっちょこちょいな寿司職人の品出しミスだったのだ。しかし、スモール探偵がスプレーを暴走させたせいで、高級老舗店は秘伝のタレが飛び散り、生け簀が凍りかけるというカオスな修羅場と化してしまった。
3.ビック探偵のあらゆるトリックを使った解決
「仕方ない。僕が日本の食文化の秩序を正常に戻そう」
タレの氷が床に転がる店内のロビー。長身のビック探偵は、優雅に温かいあがり(緑茶)を飲みながら、集められた店係者たちの前に静かに立った。
「スモール君が店の歴史を物理的に冷凍保存(アシスト)するという大失態をおかけしたようだ。しかし、この爆発パニックのドサクサに紛れて、ある人間が本物の『泥棒トリック』を実行している。だから、少しばかり私の手品(ハッタリ)に付き合ってもらおう」
ビック探偵は、この老舗寿司店の「店長(マネージャー)」の前に歩み寄った。
「マネージャーさん。あなたはスモール君がタレ壺の爆発を起こして店中が大混乱になったドサクサに紛れて、レジの奥の金庫にあった『今夜の予約会合の預かり手付金・現金300万円』を自分のビジネスバッグの中に隠しましたね」
「な、何を馬鹿な! 私はお客様の避難誘導と、生け簀に落ちた探偵の救助で必死だったんだ! 証拠でもあるのか!」
「なるほど」ビック探偵は懐から、ピカピカと明滅する「謎の円盤型リモコン」を取り出した。
「これは、警察の科学研究所が開発した『静電気・魚脂粒子追跡レーダー』です。先ほどスモール君がぶちまけた凍結ガスの影響により、この部屋の空気中には強烈な『大トロの揮発した脂の微粒子』が舞っている。このレーダーを使えば、そのマグロの脂を浴びながら、同時に『大量の紙幣(手付金)』に触れた人間のビジネスバッグの持ち手を、特殊な超音波で『強制的に超高温に発熱』させることができます。……さあ、起動しましょう。3、2、1」
ビック探偵がボタンを押すフリをして、手元でカチリと音を鳴らした。
すると、マネージャーは「ひぃっ!?」と悲鳴を上げ、思わず自分の**「両手(バッグを握っていた手)」**を胸の前でガッチリと固めて、火傷を恐れるように震わせた。
その拍子に、抱えていたバッグの口が開き、中から盗まれたはずの300万円の札束が床にバラバラと飛び散った。
「おやおや、素晴らしい反応だ。マネージャーさん、その両手……あなたが今、発熱を恐れて必死にバッグを放り出したその手で、金庫から現金を盗み取ったのではありませんか?」
「くっ……! な、なぜ本当に手のひらが熱くなったんだ……!」
マネージャーはガタガタと震えながら、自ら床に膝をついた。
「……私がやりました。職人のまぬけなミスで店が大混乱になり、さらに探偵がタレ壺を爆破したのを見て、これならどさくさに紛れて盗んでも、全部『爆発のドサクサで紛失した』と言い訳ができると思ったんです……!」
マネージャーが床に泣き崩れたのを見届け外へ連行されていくのを見送りながら、ビック探偵はリモコン(ただの店のエアコン用リモコン)をポケットにしまった。
「な、なぜ本当に手のひらが熱くなったんだ……? 寿司の科学捜査なのか!?」
連行される間際、マネージャーが悔しそうな顔で尋ねる。
「そんなわけないでしょう」ビック探偵はニヤリと笑った。
「あなたがさっきから、避難する時もずっと『300万円の重みがあるバッグ』の持ち手を両手で血が止まるほど必死に握りしめていたから、手のひらに汗がにじみ、皮膚が摩擦でジンジンと熱くなっていただけですよ。私がカウントダウンしたから、あなたが勝手にビクついてプレッシャーを感じただけ……ただの心理的なカマかけ(トリック)ですよ」
「あ……」
本物の『まぬけ』は、職人のハプニング(大福との入れ替えミス)に乗じて完璧な火事場泥棒を装おうとしながら、ありもしないハッタリ(最新科学)に怯え、自らバッグを放り投げて証拠をアピールしてしまう犯罪者のことだよ。
ビック探偵は、呆然とするスモール探偵を横目で一瞥し、あがりを飲み干した。
「お見事です、ビック探偵ーっ!!」
生け簀から這い出し、頭にワカメを乗せたスモール探偵が、目を輝かせる。
「君が店を冷凍庫(ハッタリの最高の舞台装置)にしてくれたおかげだよ、スモール君。君のそのワカメまみれの姿、今夜の会合の新しい『活き造り』の飾りにぴったりじゃないか」
ビック探偵は優雅に微笑むと、完全に呆れ果てた顔でスモールに一瞥をくれ、そのまま静かに店を後にした。