某市内にある老舗の銭湯「松の湯」のボイラー室から出火したという通報が入り、現場には消防車が急行した。しかし、幸いにも火は駆けつけた近所の人々のバケツリレーによって、消防隊が到着する前に完全に消し止められていた。
そこへ、遅れてドタドタと現場に踏み込んできたのは、小柄な体をせわしなく動かすスモール探偵である。彼は煤(すす)のついたボイラーの周りを飛び回り、得意げに声を張り上げた。
「ふははは! 消防隊の皆さん、ご苦労様です! このボイラー室の不審火事件、私スモールが消化器の噴射よりも速く解決して差し上げましょう!」
1.スモール探偵の踏みとどまり、からの大やらかし
スモール探偵は、ボイラーの脇の床に「一本のマッチ箱」が落ちているのを発見し、手を伸ばしかけて……ピタリと動きを止めた。
「……いや、待てよ? 前回の事件で、私は舞台の照明スタンドを暴走させ、ホールごと自爆してしまった。同じ轍は踏まない! 今の私は、現場の安全を最優先に考え、二次災害を完全に防ぐ『レスキュー探偵』へと進化したのだ!」
スモール探偵の立派な(?)成長に、周囲の消防士や警察官たちが「おおっ」と感嘆の声を漏らす。
「皆さん、火は消えたように見えますが、ボイラーの内部にはまだ目に見えない『残り火(熾火)』が潜んでいる可能性がある! これが再引火すれば大惨事です! 私が持参した『超強力・高圧防水ホース』を使って、根元から完全に冷却消火して見せましょう!」
スモール探偵はドヤ顔で、持参したハイテク高圧給水マシンのバルブを最大まで一気に開放した。
「喰らえ! 完全鎮火のハイドロ・ブラストーーーッ!!」
ズバババババババァァァッ!!!!!
ホースから放たれたのは、消防車の放水をも凌駕する、岩をも砕くほどの凄まじい超高圧水流だった。しかし、スモール探偵の小柄な体ではその凄まじい反動(キックバック)を抑えきれず、ホースが生き物のように暴走!
高圧水流はボイラーを直撃して物理的に粉砕し、さらには銭湯の壁を突き破って、男湯と女湯を隔てる重要な「富士山の壁画の仕切り」を文字通り真っ二つに消し飛ばしてしまったのである。
「うわあああっ!? 水圧が強すぎるぅぅぅっ!!」
スモール探偵はホースの反動で吹き飛ばされ、そのまま誰もいない男湯の湯船(幸いにも水が張ってあった)へと頭からパシャーンと転落し、溺れかけて気絶してしまった。
2.覆る真実
「あーあ、また大惨事だ……」
湯船にプカプカと浮いているスモール探偵を引き揚げながら、ベテランの鑑識官がため息をついた。
「あの出火原因、放火でも何でもなく、ただの『まぬけな消防士のうっかりミス』だったんだよ。今日、ボイラーの安全点検に来ていた新人の消防士が、点検中についウトウトしてしまい、持っていた書類をボイラーの加熱部に落としちゃったのが原因だ。本人は今、申し訳なさそうに外で正座して泣いてるよ」
つまり、事件性は全くなく、ただのおっちょこちょいが招いたボヤ騒ぎだったのだ。しかし、スモール探偵が良かれと思って放水したせいで、老舗の銭湯は壁が崩壊し、営業再開不可能なレベルで大破してしまった。
3.ビック探偵のあらゆるトリックを使った解決
「仕方ない。僕が収拾をつけよう」
水浸しになった銭湯の脱衣所。長身のビック探偵は、優雅に缶のコーヒー牛乳を飲みながら、集められた消防関係者たちの前に静かに立った。
「スモール君が銭湯の男湯と女湯の境界線を物理的に融解(アシスト)するという大失態をおかけしたようだ。しかし、このボヤ騒ぎに乗じて、ある男が大きな『トリック』を実行している。だから、少しばかり私の手品(ハッタリ)に付き合ってもらおう」
ビック探偵は、銭湯の「若旦那」の前に歩み寄った。
「若旦那。あなたは先ほど、ボヤが起きたドサクサに紛れて、受付の金庫から『今月の売上金500万円』が何者かに盗まれたと通報しましたね」
「そ、そうです! 火事のドサクサを狙った卑劣な火事場泥棒です! 早く犯人を捕まえてください!」
「なるほど」ビック探偵は懐から、ピカピカと明滅する「謎の金属製コンパス」を取り出した。
「これは、警察の科学研究所が開発した『水蒸気・磁気メモリースキャナー』です。この銭湯は今、スモール君の放水によって大量の水蒸気が充満している。このスキャナーは、水蒸気の粒子に残留した『直前に現金を触った人間の指の微細な静電気』を読み取り、その人物の顔を空中に出力できます。……さあ、起動しましょう。3、2、1」
ビック探偵がボタンを押すと、脱衣所の鏡に向かって、懐からパッと「強い赤いライト」を照射した。
すると、蒸気で曇った鏡の上に、くっきりと『人間の手形』が浮かび上がったのだ!
「うわあああっ!? 手形が浮き出てきたァァァッ!?」
若旦那は腰を抜かして悲鳴を上げた。
「おやおや、素晴らしい反応だ。若旦那、あの手形の位置……あなたが今、思わず自分の『ズボンの右ポケット』を隠した位置と、完全に一致していますね。そのポケットの中に、盗まれたはずの500万円が入っているのではありませんか?」
「ひぃっ!? な、なぜそれを……!」
若旦那はガタガタと震えながら、自らポケットから一万円札の束をドサッと床に落としてしまった。
「……私がやりました。老朽化した銭湯の修理費が欲しくて、ボヤが起きたのを利用して、売上金が盗まれたことにして保険金を騙し取ろうとしたんです……!」
若旦那が床に泣き崩れたのを見届け、ビック探偵はライトをポケットにしまった。
「な、なぜ鏡に手形が浮かび上がったんだ……? 本当に静電気の科学捜査なのか!?」
連行される間際、若旦那が信じられないという顔で尋ねる。
「そんなわけないでしょう」ビック探偵はニヤリと笑った。
「あなたがさっきパニックになって、手脂がついた手でその鏡をベタベタと触りながら移動していたのを、私は見ていたんですよ。そこにライトの光を当てて、油脂の反射を目立たせただけ……ただの幼稚な手品(トリック)ですよ」
「あ……」
「本物の『まぬけ』は、他人のミス(ボヤ)に乗じて完璧な火事場泥棒を装おうとしながら、ありもしないハッタリ(最新科学)に怯え、自ら隠し場所を触って証拠をアピールしてしまう犯罪者のことだよ」
若旦那が警察に連行されていくのを見送りながら、ビック探偵はコーヒー牛乳をぐっと飲み干した。
「お見事です、ビック探偵ーっ!!」
湯船から引き揚げられ、バスタオルにくるまってガタガタと震えているスモール探偵が、目を輝かせる。
「君が銭湯を水浸しにして、大量の水蒸気(ハッタリの舞台装置)を作ってくれたおかげだよ、スモール君」
ビック探偵は優雅に微笑むと、呆れ顔でスモールの頭をポンと叩き、そのまま銭湯を後にした。