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私は雪崩。険しい冬山の斜面に降り積もった真っ白な新雪が、重力に耐えかねて一気に滑り落ちる、白銀の暴走機関車。登山家たちからは「白い悪魔」として恐れられている大自然のスペクタクルだ。


​普段は、静まり返った標高3000メートルの急斜面で、結晶同士をガッチリと噛み合わせながら、じっと息を潜めてその時を待っている。


​私の雪崩生において、最高にハイでスリリングな瞬間。それは何と言っても、積雪の層が自重の限界を迎え、「パーン!」という破裂音とともに斜面全体が崩壊する「破断」の瞬間だ。


時速200キロを超える猛烈なスピードで、斜面を滑り降りる。ただ滑るだけではない。大量の雪が空気を巻き込んで爆発的に膨れ上がり、煙を上げながら突き進む「チリ雪崩(爆風雪崩)」へと進化するのだ。自分の通り道にある巨大な針葉樹林をマッチ棒のようにバキバキとへし折り、周囲の空気を時速数百キロの「衝撃波(アバランチ・ブラスト)」に変えて咆哮を轟かせる。自分が冬の山を完全に支配し、すべての色彩を白一色で塗りつぶす圧倒的な破壊のエネルギーになった時の全能感は、何物にも代えがたい。


​しかし、冬山の絶対強者である私にも、人間には決して理解されない深い悲しみと理不尽な屈辱がある。


​一番辛いのは、私の「寿命があまりにも短すぎる」ことだ。


あれほど凄まじい轟音を立てて山を駆け降り、世界を恐怖に陥れたというのに、傾斜の緩やかな麓(ふもと)にたどり着いた瞬間、私のスピードはピタリと止まってしまう。そして、あれだけ激しく暴れ回ったエネルギーは一瞬で消え去り、ただの「動けない雪の塊」へと成り下がるのだ。


さっきまで時速200キロの悪魔だった私が、次の瞬間にはただの静かな雪溜まり。この急激な現役引退の虚無感たるや、台風が温帯低気圧に変わる時の切なさの比ではない。


​さらに腹立たしいのは、人間の「ビーコン(電波発信器)」や「救助犬」の存在だ。


私がせっかく渾身の力で何かを雪の下に隠したというのに、人間たちはハイテク機器や犬の鼻を使って、ものの数十分で「ここだ!」と見つけ出してしまう。マジックのタネ明かしをされた手品師のような、あのバツの悪さは本当にやり切れない。


​さて、そんな栄光と儚さを抱えながら、私はある大雪の翌朝、急斜面のツルツルとした氷の層(弱層)の上で、数トンもの新雪を抱えて限界を迎えていた。


​(いかん、もう重力に逆らえない。行くぞ! 白い悪魔のフルパワーを見せてやる!)


​キッカケは、一羽の雷鳥が斜面を蹴った小さな振動だった。


「バリバリバリッ!」


斜面に一筋の巨大な亀裂が走り、私は時速200キロの白い猛獣となって麓へ向かって咆哮を上げながら雪崩れ落ちた。木々をなぎ倒し、大気を震わせ、圧倒的なスピードで雪の壁が迫る。


​しかし、私が麓のなだらかな平地に到達し、まさに「一瞬でただの動けない雪の塊に変わる」という、あの絶望の引退ブザーが鳴り響こうとした、その直前だった。


​地表に、奇妙な「巨大な穴」がぽっかりと口を開けていたのだ。それは、この豪雪地帯の山奥にある、巨大な「水力発電所」の地下へと繋がる極太の送水管の空気穴(サージタンク)だった。


​引き返せないスピードの私は、何百トンもの雪の質量ごと、その暗黒の垂直の穴へとスッポリと吸い込まれてしまった。


​(えっ!? 嘘だろ、地面に激突して止まるんじゃないの!? どこまで落ちるの!?)


​真っ暗な管の中を、私は猛烈な重力加速度でさらに加速しながら落下した。そして、管の底を流れていた「凄まじい勢いの激流(高圧水)」と激突し、一瞬でハイパー超冷水へと融解・融合したのだ。


私の持っていた「時速200キロの質量エネルギー」は、そのまま高圧の水の圧力へと上乗せされ、管の最深部にある巨大な「発電タービン」の金属製の羽根へと直撃した。


ギュォォォォォォォン!!!!!


​タービンが、かつてない限界突破の速度で回転を始める。


​現在、私は冬山の急斜面にも、麓の寂しい雪溜まりの中にもいない。


高圧電線を通って一瞬でカタチを変え、いま画面の向こうでこの文章を読んでいる「あなたのスマホを動かすリチウムイオンバッテリーの中の電気」、あるいは部屋を温める「エアコンの熱エネルギー」として、あなたの目の前に君臨している。


​そう、私は麓で儚く消え去るはずだった死に体(たい)のエネルギーを、水力発電のタービンによって「純度100%のクリーンな電力」へと完全変換され、光の速さで都会へと転生してしまったのだ。


​もはや大自然の脅威として登山家を震え上がらせることはできない。それは少し寂しい。


しかし、ただの冷たい雪クズになって春を待つだけだった私が、今は形を変えて人間の生活を根底から支え、「いやぁ、今日も電気が安定していて快適だな」と、誰かの日常の温もりになれているのは、冬山の悪魔だった時代には想像もつかなかった、至高の達成感に満ち溢れている。


​ただ一つだけ問題があるとするなら。


元々が「一度始まったら誰にも止められない暴走雪崩」の魂を持っているため、あなたのスマホの充電が「残り1%」になったその瞬間、私の内に眠る雪崩の本能(一気に崩壊する性質)が急に目を覚ましてしまい、普通ならあと5分は持つはずの1%の電力を、文字通り「雪崩のごとく一瞬でゼロ」にして画面を真っ暗に暗転させてしまう、大自然の理不尽な置き土産(バグ)を今でも発動させてしまうことである。どうか、充電はお早めに。