二極化と雨
慣れは観察力を劣化させると書きました。そこで今日は昨日までと違う事を一つしてみました。
ホテルから会社までバスで行くのですが、私はいつも歩道側の席に座っていたのです。その方が街が見易いからなのですが、行きと帰りは違う道なので、常に道の片方しか見ていない事に成ります。
そこで、昨日の帰りと今日の行きは逆に車道側に席を取ってみました。同じ道ですが、何か新鮮でしたね。えらく大きいトヨタのお店があるのに気が付いたり、恐らく大きな会社があるのでしょう、住宅地から車道を通って大挙して歩いたり自転車だったりで通勤している人達がいたり。
近くのSCのポスターにはLOHASの文字が舞っていた。こんなにSustainabilityにかけるとしか思えない中国でLOHASですか、とも思いますが、人の意識も二極化したものが共存する中国では、一方が消費に向き一方が環境に向いていくのかもしれない。
二極化しているといえば、こちらの女性の意識も二極化している部分があります。SCには女性用下着の看板が出ていて、下着姿の女性が壁一面のサイズでドカン出ている。この辺は男女問わず誰もが受け入れている光景のようです。
一方でちょっとでも性的な部分に話が及ぶ場合、その時は子供が何ヶ月かと言う事を妊娠何ヶ月かと言う風に話がすれ違っていた事が分かった時なのですが、会社の従業員の女性は揃って顔を赤らめてなんていうことを言ってしまったんだろう、と言う態度に成っていました。
他にも幾つかの経験があるんのですが、全体にはまだ性的な部分に関しては女性の奥ゆかしさが残っているように思う。男性の責任に対しても同じです。性的な関係を持つと結婚する事になる状況が今でもある。
この辺も二極化しているのです。オープンになってきた部分と、クローズなままの部分。
言い方を変えると、外圧に強いと言う事かもしれない。だから、街中に何があっても自分達の意識はかたくなに守っている。環境の変化は受け入れるが、自分自らが変化する事は拒む。
廈門は昨晩遅くから雨です。廈門でこんなにまとまった雨にあうのは初めてです。