現在(というかここ数年)のカープは打撃面だけとってみても実に打たない。得点力が低すぎる。一線級どころか先発ローテーションに名を連ねる5番手クラスの相手投手でも下手をすれば完封をゆるしてしまう。
「チャンスであと一本が出なかったんですよ」
がお題目のような敗戦の弁だが、相手投手はあと一本打たれてはいけない時点からギアをあげてくるのだ。「あと一本がでない」というのは「ギアを上げてきた投手にはお手上げなんですよ」というなんともショボい負け犬の遠吠えでしかない。
ギアを上げてきた先発クラスの球など、早々は打てるものではない。それは通常の打撃スキルの上にあるメンタルとメンタルのぶつかり合いである。
今のカープの打撃コーチにメンタル面のそうしたアドバイスができるのか甚だ疑問である。一流投手との対戦の経験値も高く、そこそこ成績も残してきた、せめて現役時代1000本安打以上してきたような、そんな打撃コーチをなんで招聘できないのか。
家族のように(ある意味ナアナアに)よろしくやってきたスタッフの首が切れないから、ホームランの打ち方を教えられないようなコーチしか残らないのか。観客からゼニをとる以上、その対価にみあうだけの試合をしてほしい。まずはそんな選手たちを育成できるスタッフをそろえろ!!
そんな気持ちが昨今、我が胸中を渦巻きまくっている。
当初、題名を「もう死眠球団なんかいらない」にしようと思っていた。「死んだように惰眠をむさぼっている」という意味だが、表現におけるコンプライアンスがうるさい昨今、早々にバンされるのがオチなので「私民」程度にとどめておいた。
親会社を持たない個人オーナーが切り盛りし、市民が同じ家族のようにそれを支えるアットホームな球団というのはたしかに聞こえがよい。しかしその「聞こえのよさ」にかまけ、補強に十分な資金を投入することなく、「弱小である辛さを、家族なんだから耐えろ」というのは、勝敗を競うエンターテイメントビジネスの論理ではなく、市場から早々に消え去るしかない。
親会社がなく資金力に乏しいながら「平和と戦後復興」の象徴として市民に愛される健気な球団というコンテンツをうまく利用した安上がり前提の球団作りで、黒字経営という建前の下、私腹(留保金をどれだけ選手補強の投資に回したのかという点で)を肥やす球団経営者がいたとしたらそれは、球団を私(わたくし)している私民球団であろう。
このブログにも掲載した拙文「プロ野球ファンやめましょうか①」で今は亡きカープ馬鹿の父と、カープをとりまく球団経営の事情について上梓させてもらったが、その当時以上に、現在のカープについての体たらくに、憤りを禁じ得ない。
「赤ヘルの色に敗けん、ファイティングスピリッツに燃える真っ赤な血は、本当にオドレらの中に流れとるんか??」
いろいろ雑多に思い浮かぶことが多すぎて整理がつかないので今日はこのヘンで留めておきます。