GW初日の4月29日(水)、巨人戦(東京ドーム)を観に行くことになった。昨年の戦いぶりにすっかり愛想を尽かしてしまった次男は行かないという。

 

 多少カープに未練のある妻と長男の三人で行くことになったが、一番のカープ狂だった妻のまさかのドタキャン劇が勃発した。

少し風邪気味の妻は翌日に仕事が入っていた。これまでの妻ならば、多少の風邪など、カープ応援を特効薬にして吹き飛ばしてしまうのだが今年はちがった。

 

「球場まで足を運んでもガッカリだったらよけいに風邪がひどくなってしまうかも…」

 

 昨今のカープに対するファン心理を言い尽くして余りある言葉だった。

 

 閑古鳥の鳴くズムスタのスタンドを目の当たりにしながらカープ球団は一体何を思う。

 

 結局、妻にチケットを預けたまま都心に出ていた筆者は自宅までチケットを取りに戻るハメになり、ゴミ箱に捨てるよりは、と大学に行っている次男に急遽連絡をして妻の代わりに観戦してもらうことにした。

 

 後楽園駅で待ち合わせをしたが、改札口から流れ出る群衆をみても、このブログの一番最初の「プロローグ〜2015年秋のこと〜」で書いた2015年当時のカープ旋風のようなものは微塵も感じられなかった。カープ女子も今は昔、古参の在京カープファンがさしてウキウキしてもなさそうに球場方面へと流れていく。とてもこれから鯉の季節という風情ではなかった。

 

 筆者はここ数年ですっかり浦島太郎になってしまった。この日の巨人軍スタメンなどほとんど知らない選手ばかり。最近のNPB事情に一番詳しい長男に、周囲の巨人ファンにはばかりつつ質問をしまくった。

 

「竹丸って誰ね?」「今年のドラ1、ハーラートップ走っとるよ。広島出身じゃけどね」

 

「坂本はどしたん?」「だいぶん調子狂うてスタメンはずれとるよ」

 

「丸は?」「以下、同文」

 

「知っとるの吉川だけじゃん」「ケガから、今日復帰したばっかりじゃけど」

 

「ところで戸郷は?」「もう恥ずかしいけぇしゃべりんさんな」

 

 でも今の巨人にはどこか以前のような不快感は感じないのだ。FAで他球団の選手を買い漁るというような体質がまるっきり変わったというのか、若手をしっかり育てている雰囲気がある。またそれに応えるかのように選手たちも活き活きしている印象だ。

 

 若いメンバーという点ではこの日のカープのスタメンと遜色ないようであるが、大砲のキャベッジとダルベックが岡本の穴を埋め、あなどれない打線となっている。

 

 一方、カープ打線はどうであろうか。そろいもそろって打率2割前後の選手がならび、ベテランといってよい秋山・菊池・野間では大砲というにはパンチ力不足である。ようやく上り調子になってきた坂倉であるが、そもそも盗塁を刺せない肩を見切られての一塁コンバートでは、唯一の大砲モンテロの飼い殺しもはなはだしい。

 

 捕手失格の中距離打者のあおりを食って、相手チームににらみをきかせるはずの長距離打者が代打要員とはどう考えても差し引きの勘定があわず、球団首脳陣の戦力構想が4月時点で破綻していていることが露呈している。

 

 率直に言ってこの打線、全くワクワクしない。ときめかない。相手チームがこわがらない。

 

 筆者も長年、プロ野球を観てきたが、どんなひどい万年Bチームでも相手チームが震えあがるようなクリーンアップトリオは揃えていたような記憶がある。

 

 万年Bチームの典型だった1980年代後半の大洋ホエールズにおいてもジム・パチョレック(首位打者1回)、カルロス・ポンセ(本塁打王1回・打点王2回)、片平晋作は、筆者にとってトラウマ級に恐怖だった(当時の監督は古葉竹識)。

 

 もっとも5番の片平晋作は目立った打撃成績があったわけではないが、長身で手足が長くバッターボックスでの威風堂々たる雰囲気、一本足打法に威圧感を感じ、このクリーンアップトリオに打順がまわってくるイニングは特に戦々恐々としながらTVのブラウン管にかじりついていたものだ。

 

 また同じく1980年代後半のヤクルトスワローズにおいても、ボブ・ホーナー、杉浦享、レオン・リーといった恐怖のクリーンアップトリオをそろえている。どんな弱小球団においてさえ球団は強い意志をもって大砲を用意していたのだ。中日ドラゴンズのゲーリーしかり、ロッテのマドロックやマイク・ディアズしかり…(例が古すぎたか)。

 

 まぁ、クリーンアップのことはおいておこう。両チームのプレーを比較しつつ一番気がかりだったのが、カープのランナーの進め方が非常に稚拙だったことだ。黄金期のカープのように隙あらば次の塁、あわよくば二つ先の塁を目指す巧緻さと覇気が感じられない。  巨人軍はノーアウトでランナーが出れば送りバントが出来ないまでも、進塁打やエンドランなどで必ずスコアリングポジションにランナーを進めている。一方、カープであるがエンドランが仕掛けられない。

 

 長男いわく、バットに当てるのが下手なため三振ゲッツーまたは、盗塁死になってしまうリスクがあり仕掛けられないのだそうだ。

 

 いつからこんなバッティングの下手なチームになってしまったのか。

 

 だから、昨今ではノーアウト2・3塁でも相手投手のギアの上がった投球で三振の山、手堅くアウトカウントをかせがれ、最後は凡フライか内野ゴロが関の山なのだ。チャンスがチャンスになりえず、ファンは「チョンボするなよ」のヤキモキ感で暗澹とするばかり。そしてシナリオ通りのガッカリ…、妻のドタキャンの気持ちが痛いほどわかる。

 

 案の定、この日の試合、バリバリの売り出し中の竹丸投手にまったく手が出ず2点とるのがやっと。むしろ2回も「宮島さん」が歌えたことがラッキーだと思えるほどだ。試合は4対2で完敗だった。

 

 2016年の3連覇からはや10年。石井琢朗打撃コーチの頃の選手は実に自信に満ち溢れ、嬉々としてバットを振っていた。TPOに応じて打つ方向を決めての進塁打が打てる。アウトカウントを敵に与えるにしても実に卒がなく、気が付けばいつもスコアリングポジションにランナーがいるといった具合で、敵ピッチャーにしてみれば常に重圧がつきまとう。

 ファールで球数を稼ぐのも勿論だが、心理的負担も相まって牽制球などが必然的に増え、球数以上に相手投手はスタミナを消耗してしまう。そして一機の大逆転だ。実に面白かった。

 

 本当にこの球団はあのころの球団と同一のモノなのだろうか。諸行無常、盛者必衰…まるで、宮島さんにゆかりのある平家の呪縛でもあるのではないかと思ってしまう。

 

 バンビーノの呪いでもあるまいがこの球団。下手をすれば100年先まで日本一はないかもしれない(リーグ優勝はできても)。

 

 それは最後の日本一を決めた1984年以降のある体制に要因があるのではないかと筆者は考えている。このことは次回にふれていく。

 

 余談

 8回ルシアーノ(この時点で8イニング連続無失点)、9回ライマル(無双のクローザー)に完璧に抑えられ、7回が最後のチャンスらしいチャンスだった。竹丸から変わった中川から持丸がフォアボール。無死から走者が出たが捕邪飛と三振という全く進塁できない嫌なムードでバッター菊池。こうした時の菊池は起死回生の一発を放ってくれた記憶が何度かある。この日一番力が入った場面だった。

 

 ここで巨人はワンポイントで田中瑛斗を投入。長男曰く「シュートが売りの投手で、シュートがくるとわかっていても打てない」との情報を得る。

 

 握り拳を固めながら、「シュート打ちの名人」山内一弘(1932~2009)の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「どうか菊池に降臨してください」

 

と神頼みをしながら(結局、ショートゴロ)、ふと思い出したのは、彼が広島カープで現役引退(1970年)したことだ。

 

 大毎オリオンズや阪神タイガースで活躍し、首位打者1回、本塁打王2回、打点王4回獲得した山内は、カープでの3年間でも47本塁打を放つなど偉大な足跡を残す。指導し始めるとやめられないとまらないの、「かっぱえびせん」の異名で知られ、直接カープのコーチングスタッフにはならなかったものの、臨時コーチなどで水谷実雄や高橋慶彦を指導している。現役最晩年は、インコースが苦手だった新人の山本浩二を指導し、多大な影響を与えている。後のミスター赤ヘルに背番号8が受け継がれていったのも大きな縁(えにし)を感じる…。

 

やっぱりコーチって大事やぞ