FA制度はプロ野球を発展させたのか?

 

   ここにいたってまだ迷いがある。このテーマについては、前回が筆を置く潮時ではなかったかと・・・。

 

 落語に、「おあとがよろしいようで」という締めの文句がある。正直、前回の「父が冥土に野球への情熱を持っていってしまった…」という表現は、「プロ野球ファンやめましょうか」の落ちとして、我ながら後にも先にもこれに勝る表現(手前味噌だが)を考えつく自信もなく、おあとがよろしいようで、と下げ囃子(出囃子の反対)で幕を引きたい気持ちが強い。

 

 まったくの成り行きで思い浮かんだ表現であったが、ひるがえっていえば、それこそ父が、

 

「ふうがええけぇ(かっこわるいから)、そのへんでやめとけ!」

 

 と冥土から送ってきたインスピレーションと考えられなくもない。ただ書いておかねば後生が悪い(おあとがよろしくない)のでやはり触れておきたい。フリーエージェント制度(以下、FA)についてのことだ。

 

 日本プロ野球においてFA制度が導入されたのは1993年オフ。前回言及したドラフト会議における逆指名制度の導入と時期が重なる。決定したのは、プロ野球最高意志決定機関のオーナー会議においてである。

 

 球界の盟主を自負する読売ジャイアンツなど、カネと人気のある球団に圧倒的に有利な制度だが、決定には4分の3以上の賛成が必要であり、建前としてオーナー大半の総意ということになる。

 

 ただ、テレビ放映権料一試合一億円(当時)という隠然たる力をたてに、首を縦にふられなければ新リーグ結成をほのめかすという巨人のゴリ押しに他球団のオーナーが押し切られたというのが真相で、純粋な野球少年たちの耳には決して入れたくない成立の経緯だ。

 

 ドラフト以前の自由競争時代に獲得した、ON砲らによるV9(1965〜73優勝)時代の

 

「夢よもう一度!!」

 

 とでも思ったのであろうか。時はID野球の野村克也監督率いるヤクルトスワローズ黄金期。よしんばリーグ優勝できたとしても、日本シリーズでは当時最強の西武ライオンズが立ちはだかる。巨人主導によるFA制度の成立が、長嶋茂雄第二次政権の出発(92年10月監督就任)とほぼ重なるのは単なる偶然ではあるまい。成立早々、中日・落合博満に触手を伸ばしている。

 

 オモチャをほしがる子どものように、意中の選手をほしがる御仁が、子どものような理屈をこね、子どもに知らされたら示しのつかない強引な手口で成立させたのがFA制度である(カープファンの僻みとそしられようが、あえて言おう!!)。

 

 FAの歴史は、そのままカープファンの涙の歴史でもある。現オーナー(結局、諸悪の根源はこの御仁)がこの制度に消極的姿勢を貫いたため、有力選手は出ていきこそすれ、入ってくることはない。球団には金銭保障で多少の実入りがあるからまだよかろう。ファンには喪失感しか残らない。

 

 育成のため、駆け出しの選手を試合で我慢して使うのは球団だ。しかしその我慢は観戦するファンの側にもある。今日の勝敗が明日の活力にもなりストレスにもなるのだ。その我慢の結果、ようやく一流に育った選手が他球団にかっさらわれていく。これでは選手を育成するだけの体(てい)の良いファームではないか。江藤が、金本が、新井が去っていったその日のことを忘れようにも忘れられない。

 

そこに「感動の方程式」はあるんか?

 

 この制度で強くなった球団がある。阪神タイガースは94年に石嶺和彦外野手(オリックス)、95年に山沖之彦投手(同)を獲得するなど、当初から積極的にこの制度を活用。徐々にダメ虎のレッテルを剥がしていき、2003年にはカープから移籍した金本知憲外野手らの活躍でリーグ優勝を果たしている。

 

 巨人軍にいたっては導入以降、2007年〜09年、12年〜14年の2度、3年連続を含む10度のリーグ優勝を決めている(日本一は5度)。

 ただ、阪神や巨人のファンから忌憚ない意見をききたい。

 

「本当にそれで感動するの?」

 

 父はバリバリのアンチ巨人だったが、V9に関しては、敬意を込めて、

 

「ありゃあホンマに強かったよ」

 

 と述懐していた。筆者の記憶にも鮮明に刻み込まれている85年の阪神優勝にしても、猛虎打線の脅威に素直に脱帽した。トレードによる多少の補強はあるにせよ、自前の選手でチャンピオンフラッグを掴み取る姿は、FA以降のアレとはファンの魂の揺さぶり方が違う。

 

 巨人はFA補強によって「勝利の方程式」は確立できても、「感動の方程式」は確立できなかったようだ。それがここ数年の地上波テレビ中継の減少や、視聴率の低下という形で顕在化している。

 

 さらに皮肉なことには海外FAで多くの一流選手がメジャーリーグに流出。日本プロ野球がメジャーリーグの巨大ファームと成り果ててしまった。

 

「木乃伊取り」の伏魔殿

 

 先日、東京ドームにある野球殿堂博物館に行ってきた。プロ野球ファンをやめることをほのめかし、あまつさえ現行制度を論難するからには、観るべきものを観た上で論じなければかえって無責任だと思ったからだ。

 

 薄暗い館内に入ると、球史を彩った名選手たちの野球用具が収められた展示ケースが光を放っていた。連続試合出場世界記録(現在は2位)保持者・衣笠祥雄の掌の部分が磨り減ったグラブや、400勝投手・金田正一の垢染みた3509奪三振(当時の世界記録)達成ボールが陳列されている。

 

 試合に魂が揺さぶられることはなくなったが、血と汗と涙が染み込んだ(使い古された表現だが、こうとしか表現しようがない)野球用具にはまだ魂を揺さぶる力が残っている・・・ばかりか、ファンをやめようという意志まで揺さぶられてしまった。ミイラ取りがミイラになったような気分だ。

 

 古典落語に「木乃伊(ミイラ)取り」という噺(はなし)がある。吉原(江戸最大の遊郭)に居続け(連泊)する若旦那を取り戻しに、番頭や鳶(トビ)の頭(かしら)が向かうが皆、居続けになってしまう。最期に堅物で鳴る、飯炊きの清蔵が迎えに行くが花魁に骨抜きにされてすっかりご機嫌。

若旦那の「もう帰ろう」の声に、

先に帰んなせぇ、おらぁ二、三日ここにいるだ!!」

 

 

 FAの常識を打ち破った「男気」黒田も帰ってきたことだ。

 

「もう二、三年ファンを続けてみるか」

 

 おあとがよろしいようで…。