例え曇っていても、じめじめとした空気が首をゆっくりと締め上げていくようない気持ちの悪い中、俺はナショナルパークの入り口付近を周回する6時間のトレッキングロードを選らんだ
ムル公園のトレッキングロードはその殆どが数日かかる規模のものが多く、ガイドを雇わないと歩かせてくれなかったり、沢山ある洞窟もガイド無しで行ける洞窟はこの時点ではなかった
そんな中この園の中心部を周回するトレッキングロードは唯一ガイド無しで行けるアクティビティ
子供の書いた宝地図のような頼りの無い地図を片手に握りしめ歩いている今の道は数キロ先で二手に分れてて、片方は数百メートル先で行き止まりの表示が書いてあって、もう片方は周回コースとして続いてる
俺が気になったのは行き止まりなのにわざわざ道が記してあって、そこにわざわざ行き止りと示している事で、そこにはかつて道があった事を記してあるようなもので、道を作るという事はその先に何かがある証拠である
分岐についてこの先立ち入り禁止の看板を見た時に、良くありがちな天使と悪魔が出てきて俺にささやき掛けるのかと様子を見ていたら、最も原始的かつ現代でも続けられている団体による意思決定方法の多数決を始め、どちらが俺にささやくのかを決めようとしているのだが、悪魔が3で天使が始めから一人しかいないのだから結果は日を見るより明らかだった
このようにして多数決と言う方法で少数意見を捻り潰す乱暴な方法により私の意思決定はなされた
多数決は最も平等かつ素早く団体の意思を決定できると言うところに利点があり万能な感じがするが、実際はとてつもなく粗雑で乱暴な意思決定方法で少数意見を捻り潰した挙句、少数意見者には文句を言わせないと言う特性を持っている
これは実は最も危険な意思決定方法でもあり、かつてナチスに全権を委任する法案を可決させてたのもこの多数決で、こうして国民からの多大な支持を受けていたヒトラーは、ワイマール憲法と言う優れた物を生み出した国にも関らず、多数決を利用してそれを封印して強大な権力を手に入れ、二次大戦の引き金を引いたのだ
そんな危険な多数決を未だに当たり前のように使っている我々だが、それを疑問に感じるのも難しい話である。小学校の頃からクラスで何かを決めるときは常に多数決を使うし、民主国家の意思決定も当たり前のように多数決が採用され少数意見は有無を言わさず捻り潰される、第一多数決以外に平等かつ少数意見者の意見も尊重できるような意思決定方法は?と聞かれたら、俺にだって答えられない
だから俺が立ち入り禁止ゾーンに足を踏み入れたことだってしょうがない事なのだ
すこし歩くと立ち入りの禁止の看板が立っていて、その後ろに理由が書いてあった。どうやら数ヶ月前に落石があって、この先にあるムーンミルク洞窟へと続く道と洞窟が閉鎖されたという事だった
・・・・なに?洞窟だって?
そうそこでガイドブックを開いて調べてみると、その洞窟はガイド無しで唯一入れる洞窟だったらしいが、今となっては閉鎖されていて入ることが出来ないとか、なんとか書いてあるような気がしたけど、全部英語だし、俺英語読めないからそのまま入ってきました
やっぱ入るんじゃなかったと思うくらいの階段や坂道を上がっていくと、廃校したビルのかけらのように雑な形をした岩がゴロゴロと転がっている所を通ったのだが、実際それは排除したのかどうかは定かではないが、トレイルの上までは来てなく易々と通行できる程度のものだった
落石で道がふさがっていると言うよりは、一度あることは二度あるぞという事で閉鎖してるのかもしれない
デッドラインと書かれた地図上の行き止まりから30分ほど歩くと、入り口が丁度俺の身長くらいの洞窟がひっそりと佇んでいた
中は真暗でライトを消すと何も見えない
ライトを当てると壁一面が無機質な岩に濡れたシルクをそっとかけた様に乳白色でテラテラと光っていて、これがムーンミルク洞窟と呼ばれる所以なんだろうと理解した
ここは数万年前は海の底だったらしく、かつては海の中だったのだろうと証拠付ける物も洞窟内からはちょこちょこ発見されているのだとか。表の看板に書いてあった・・・英語は読めるときと読めない時があるのである
実際洞窟の長さは百メートル程度の小規模な洞窟だったんだけど、例えライトがあるとはいえ、真暗な内部と道の狭さなどが実際より長く感じさせられた
元のトレイルに戻り3キロ程進むと、左に折れた道が標識等何もないが地図を見るとその先に洞窟のマークが。。。。何_?洞窟だって?いやいや入り口を見るだけだから、自分にそう言い聞かせて数分歩くとあっと言う間にさっきの洞窟の背丈の2倍程度の入り口が俺を出迎えてくれた
この洞窟はどうやらラガン洞窟と言う名前らしく、アドベンチャーケイブの一つらしい
アドベンチャーケイブとは普通の洞窟ツアーとは違って、ただ歩くだけではなく、洞窟内を這ったりよじ登ったり、時には泳がないと進めないところもある、その名の示すとおりかなりアドベンチャラスな洞窟なのである
それ故受付の時に適正を確かめるために簡単なテストをしたり経験を聞いたりすると言う噂を聞いたけど、そんなのただの建前であって、殆ど形骸化してるんじゃないかとも思った
しかし、あとでそのツアーから帰ってきた白人を見ると、皆大なり小なりはあるがどこかしら擦り剥いて帰ってて、穴がちハッタリでは無いのかもしれない
とにかくその洞窟の入り口まで行ってみると、今度は完璧に入るのを拒むように鉄ごしらえのドアが設置してあって、その周りの隙間には鉄線を張って部外者の侵入を拒んでいる。さらには入り口にガイド無しで入るなって言うような事が書いてあるような気がしたが、英語を読むのは苦手なので定かではない
ちなみにこのアドベンチャーケイブのツアーに申し込むと100MRかかる 約3200円位
他の洞窟のツアーが2つセットで20なのを考えると中々高額だし、ツアーに参加するのは少々予算オーバーだ
そんな事を考えてたら例によってまた天使様と悪魔が出てきたのだが、今度はお互い一人しかおらず多数決をする意味を感じなかったのか、お互い何もせずにらみ合ってたと思ったら。あああああああああああああああ 悪魔が天子様を捕食した!!!!!!!!!!
こうして俺の意思は決定されたのだが、実際どうやって入るんだ?さすがに金網ブッタギッテ入るのは不味いし
そうこう考えているうちに金網の隙間から入れるんでは無いだろうかという考えが俺の頭をよどみなくクリアーにしていった
体のでかい白人は無理だろうけど、ミドルサイズの白人や俺くらいの体の大きさなら何とかなりそうな気がする
とにかく試してみると、思った以上に自分の体は大きくなく、すんなりとは行かなかったけど、割と簡単に入れてしまった
無事ライトをつけて洞窟の中を進んでいたときに一番恐れていたのがライトのバッテリーが切れてしまうことだ
実はこのライトは持っていたヘッドライトがキナバル登山の時に無くしたから代わりに買ったものなんだけど、中古で更に電池つきで値切ったものだから、電池がどの程度残っているのか把握できていなかったのだ
もし今ここで光が失われたら完全に身動きが取れなくなる
ここはツアーコースになっている洞窟だから、いつかは誰か通るだろうからここで朽ちるという事は無いにしても見つかったら厄介だ
俺が恐れている事の2番目は真正面から来た他のツアー組と鉢合わせして、ガイドに見つかることだ
この場合はどうなるかさっぱり検討はつかないが、次からはやらないで下さいね、はいさようならとはいかないだろう
実際そういう状況になったら、洞窟に張り巡らされた木道の下に隠れてやり過ごすつもりだった
そして始めからガイド無しで洞窟の奥まで行く気もさらさら無かった
這ったり崖登ったりしなくていい程度のとこまでで、木道の道が切れたら引き返そうと決めていた。バッテリーの件も心配だったし
でも実際歩くとさっきの洞窟とのスケールの違いに唖然とするばかりであった
入り口は大した事ないのに中は学校の体育館くらいあるんじゃないだろうか?いやもっとか
手に持ったLEDのハンドライトの光が天井に届く頃には、拡散しすぎて辛うじて洞窟の天井を朧月みたいに淡く白くするだけだ
横も広いし、たまに水の流れていない大きな川と言うか谷のような所に橋がかかっていて、そこから下を見たり後ろを振り返ったりすると改めて洞窟の広大さがわかって、なんだかアルプスの夜の稜線上の尾根道を歩いてる気分になってくる
正直こんなでかい洞窟は日本で体験したことがない
いくら歩いても歩いても狭くなるどころかどんどん上下左右に広がっていく
十五分くらいゆっくり歩いた頃だろうか、はるか前方の方で俺のライトを反射してるものがある。反射板だろうか?でも何のために?
まぁ近づけばわかると思ってあまり気にもしなかったし、そもそもこの洞窟内には木道以外にもたまに人工物が設置してあったりするものだから、反射板が設置されててもそんなに不思議だとは思わない
俺がライトを動かせばあちらも反射して動く
暗い洞窟で一人のせいもあり神経質になっていたのか、疲れるペースがちょっと速いような気がしてたったまま一休みした
休んでる間もその反射してる光を眺めてたんだけど、たまに動く ん?? 動く???? そんなアホな
俺今動かしてないよ
しかも仮にそこにトーチが設置してあったとしても動くなんておかしい
遠くの物体がぶれて動いてるように見えることは経験上あるけど、それにしても動きがでかすぎる
そして俺はやがて気がついた
あれは人間がライトを操っている光だと。
恐れていた事がここで現実となり、もう相手も気づいてるかも知れないがひとまず自分のライトを下に向け、どうするか考えた結果、木道に下に隠れてやり過ごすのはあまりにもリスクが高いし、服が汚れるのも嫌だったので、走って引き返すことにした
たとえ見つかってたとしても、この距離と暗さじゃ顔や国籍どころか身長すらもわからないだろうから逃げるが勝ちである
それに向こうはツアー客を引き連れているのだから、走ってまでは追いかけてこないはず、仮に追いかけてきても自分が走れば捕まらない自信はあった
そんなわけで、まだ見つかってない可能性もあったので、静かにしかし一目散にきびすを返し来た道を駆け抜けた
外とは違いひんやりとした洞窟を静かに駆け抜けるのは、なんだか洞窟の中をたまにふく風になったような気がして気持ちがいい
俺を気持ちよくしているのはそれだけじゃなく、よく子供の頃大人に隠れて悪さをした時や、見つかってみんなで一目散に逃げた時の思い出が彷彿と湧き出てきて、俺の消えかけてた童心と接触してとてつもなく昔を懐かしんでるような気がした
兎にも角にも上手く逃げおおせた俺は、入り口まで戻ってさっきの穴に頭から体をねじ込んで、数分後には元のトレイルに戻っていた
ひんやりした洞窟から出た瞬間にむわっとした南国特有の蒸し暑さが全身を包み、体温も上がっていたせいか一気に水をたっぷり含んだ雑巾のように汗がポタポタと体中から垂れてきてるのに、頭の中は満足感で一杯だった
その後は洞窟に比べたら退屈なトレイルや滝を通り過ぎスタート地点に何事も無く4時間かけて戻ってきた
夕飯は宿で10Rで出してくれるらしいので予め予約しておいた
俺は宿の離れの小屋にテントを張ってるので居場所がテントの中以外なくて、大抵はやどの外に設置してあるテーブル席に座って誰かと話しているんだけど、この時いたのがインド人のカップル
この2人、実はカップルじゃなくてただの友達なんだけど、少しの間一緒に旅してるのだとか
2人とも南インド出身で名前は女の子がルチナで彼の方がジュン。本当はアージュンとかなんとかそんな名前だったんだけど、俺が覚えられないからジュンになったのである
2人とも特定の宗教を持ってないらしくビールを飲みながらタバコをすぱすぱ吸う、最初は不良ヒンドゥーだと思ったんだけど、インド人みんなが皆ヒンドゥー教というわけじゃなくて、日本人みたいな無宗教者も沢山いるのだと教えてくれた
そして俺がちょっと狙っていたのは「俺9月くらいにインド行く予定なんだよ」「え?本当?どこ?どのくらいの期間」
「いやインド全体を周ろうと思って、もちろん南の方にも行くよ」「まじか?それじゃ連絡先教えるからなんか困った事あったり近くまで来たら連絡してよ。泊めてあげるから」
きたきた、これこれ。ただで泊めてもらう事までは狙ってなかったけど、現地の情報は信用できる現地人から得るのが一番
この日もジュンたちに南インドの移動方法や物価や現状を事細かく教えてもらった。ちなみにルチナはロンドンに住んでるらしい
そんな事情からもわかるようにこの2人は金持ちインド人である、ジュンなんて車持ってるし
こんな話をビール飲みながら続けてたら、同じように食事を予約してた白人達がどんどん集まってきて、皆で大きなテーブルでチャッティングが始ったんだけど、実はそれが凄い嫌だった
別に白人が嫌いとかそんな理由じゃなくて、マレーシアに来てからと言うもの朝起きてから夜寝るまで英語英語英語
学校にいた頃も英語漬だったけど、ちゃんと週に2回は休みがあったし、ここまで英語漬けの日々ではなかった
正直英語を話す事にも聞くことにも疲れ果てていた
非常にネガティブ思考だけど、もう俺に話しかけないでくれって心の中で願っていた
だからチャッティングが始ったら英語理解できない振りしてたら、すぐに誰も話しかけて来なくなった。それを見てたインド人2人は不思議そうな顔をしてた
でも実際イングランド人の英語はかなり聴き取りにくくて、話してることの半分くらいしか理解できてないのも事実だけど。だから余計に疲れる
他のネイティブスピーカーでもかなり集中してないと理解できない。理解できないよりはましだけど疲れるしストレスが溜まるんだよね
インド人とかヨーロピアンの英語はまだリラックスして聴いてられるし、東南アジアのなまりにもかなり慣れたんだけど、イングランドだけはマジで駄目だ、いくら話しても慣れない
日本人が日本人宿に行きたがる理由がなんとなく理解できた。それでもやっぱ温泉以外の情報は白人ツーリストから得た方が正確でマニアックな方面まで精通してるのは確かである
次の日は4つの洞窟をまわるツアーに申し込んだ
一緒に申し込んだのは友達になったインド人2人とイングランド人とカナダ人とドイツの近くの国の人。。。。知らない国だった ゴメン
午前中に周る二つの洞窟は小さなボートでアクセス
最初に行ったのがクリアヲーター洞窟でガイドがいろいろ説明してたんだけど、もはや聞くのが面倒になりボーっとしてたら、ただ穴の中を行って戻ってきて終わってしまった
この英語病を近日中になんとか治さないとな・・・・
二つ目の洞窟は入り口がやたらに広くて、二手に分れてるんだけど、入り口からだと広すぎてどこで別れてるのかもわからない
なんとなく体もだるく精神的にも疲れていたせいか誰とも話さずに集団の後ろをちょっと離れてついて行っただけだった
これで午前はお終い
午後も二つ洞窟を周るんだけど、洞窟探索にもちょっと飽きてきたと思ってた矢先のまさかのとんでも洞窟
内部が大型飛行機の格納庫のように広く、大きな怪物があくびしたような入り口から漏れ入ってくる光でさえか細く見えてしまうような空間
上を見上げようとするとつい頭が反り返りそうになる
反り返って血の上った頭でふと思い出したのが、ここは確か世界で一番大きな洞窟
坑内の左端の岩に沿って設置された鉄板の通路を皆でカタンカタンと音を鳴らしながらどんどん奥に進んでいくごとに、入り口からの光は届かなくなり、暗闇と音だけが支配するミニマルな世界へと移り変わっていく
坑内の真ん中には小さな川が流れていて、小魚やナマズが生息している
そして奥に進めば進むほどある問題が俺を悩ませた
洞窟に入る前にガイドが皆にタイガーバームを配って鼻の下に塗るように指示したんだけど、俺は洞窟の自然な雰囲気を味わいたかったから、断っていた
もちろんその指示の理由も知ってたけど、それも自然のうちだから楽しもうって
数十分前に戻って自分を張り倒してやりたい
臭い 臭過ぎる
天井には高すぎて見えないけど大量のコウモリがいる事が音でわかる
そいつらの糞や尿がそこら辺に堆積しているのでとてつもない臭いを放っているのだ
洞窟全体が黒い砂に覆われているのは実は全て糞だったのである
もう洞窟を楽しんでいる余裕は無くなった。早くここを出て一刻も早く外の臭くない空気を吸いたい
それでもガイドはちょっと進むとすぐに止まって洞窟の解説を始めるんだけど、俺はそれどころではないの
いろんな意味でとんでも洞窟だったけど、飽きてたときのこのインパクトは一気に目が覚めた
結局飛行機の往復券を取ってたから2泊3日で帰らないといけなかったんだけど、実際は全然足りない
洞窟だけなら2泊3日で十分だけど、トレッキングしたいなら最低でも一週間は必要
旅のやり残しが出来てしまったけど、それがまた来る理由になる
さよならMULU