首都ジャカルタからジョグジャカルタまで電車で約9時間の旅路
名前が良く似ているから北千住と南千住とか越谷と南越谷程度の違いかと思ったら、実際はエヴァの東京都と第三新東京市くらいの差があるではないか。この例えがわからない人は、今すぐに蔦谷でエヴァの全シリーズを借りてきて、見終わったら南千住にお好み焼きでも食べに行って来るといいだろう
滞在一日目は3人で街を探索しようという事になったんだけど、ジョグジャの街はジャカルタや他のジャワ島の町と違って人々のベトついたような視線を背中にじっとりと感じることが無かった
もちろんジロジロ見てくる奴はいるけど、その目はただの興味本位か人懐こさに満ち溢れていて、俺をみるなり知ってるかぎりの日本語を連発しきたり、世間話をしたがったりと非常にツーリストに慣れている感がある
ツーリスト慣れしてるとは2種類の意味があって、いい例は今回みたいな感じで、悪い例は旅人を騙す事しか考えてないような人で形成されてる街
メインストリートには観光用の馬車が何台も客待ちで連なっており、歩道まではみ出した各みやげ物屋や服屋、ご当地物の雑貨が軒を連ね賑わいを見せている、と、言うよりは無秩序にごった返している
バイクがやっと一台通行できるかできないかくらいの細いわき道に入ると、メインストリートの賑わいとは打って変わってそこは時間の流れが止まったように、地元の人間がのんびと生活しており、そのわき道はあみだくじのように複雑に入り組んでいる
そんなところにもたまにミニショップがあったりするんだから面白い
ジョグジャがツーリスティックな街になった背景には、街の歴史とジョグジャから数十キロ程度離れたところにある各世界遺産への拠点になるからではないかと思われる
残念ながら街には王宮や城、それに追随するように後世に建設された博物館などがあるんだけど、俺の勉強不足のせいでここで語れるほどの知識が無いし、博物館に行っても殆どがインドネシア語で読むことができなかった
メインストリートを真っ直ぐ進むと右手にかつての王宮?が見え来て、それを遠巻きに更に真っ直ぐ進むと正面に大きな敷地を持った建物が見えてくる
何の建物かは知らないけど入場料も50円だったから入ってみたんだけど、ここもやはりなにかの歴史の縁のある建物だとは思うんだけど説明が全てインドネシア語で出てくるまで意味不明なままであった
謎の建物を後に汗を滲ませながら更に街の奥に進んでいくと、少しずつ車の交通が減り、みやげ物屋も人も減り、石壁でできた旧市街のようなかつての植民地の影響を多く残す町並みに変わってきた
ここでニックは疲れたから少しやみたい、トーマスは向こうのバザーを見たい、俺はウォーターキャッスルに行きたいと意見が分れたので一度解散
ひんやりとした空気の張り詰めた壁だけの城の裏にある石造りの地下道を抜け、階段を上がり切りると、まだ外の光に目が慣れきっていないぼやけた視界に一人のインドネシア人の姿が目に入った
彼は俺と目が合うなり日本語で「どこに行く?」と尋ねてきたので目的地を言うと、「私案内する、お金払わない」とたどたどしい日本語で申し出てきた
でたーーー勝手にガイドして最後に金を請求する勝手に有料ガイドさん
やめておけばいいのに俺も面白がってその話にのってみる。もちろん後でお金請求されても払うつもりないし、最後に請求してきたら喧嘩でもなんでもしてやるつもりだった
彼の日本語はたまに変なときがあるけど、コミュニケーションには事欠かない程度
なんでも昔日本の企業で数年働いていた経験があるとか
まぁ言ってみれば俺の英語力とあまり変わらないレベル?
だからもっと英語の勉強に精進せねばと感じてしまった
だってたまに通じてるかな?って考えながら気つかって話すの面倒くさいなって感じるから 笑
ウォーターパレスにはすぐに到着して、その後もガイドが必要かどうか、必要なければこれで自分は帰ると言ってきたが、以前お金は要らないと言うし、なんだか悪そうな奴には見えなかったのでそのまま自称無料ガイドを続けてもらうことにした
これがウォーターキャッスルでこんな感じの庭があと二つくらいあるだけ
でも彼が日本語でいろいろと説明してくれるので、普段はただのガラクタにしか見えない設置物も歴史を知ると全然違うものに見えてくる
キャッスルからの帰りにばったりトーマスと会って再び合流し、無料ガイドの事を話すと、おいおい大丈夫か?無料とは思えないけど、面倒は起こすなよって最後に釘刺されてギクッとしたけど、結局彼は最後までお金を請求してくることは無かった
なのに俺の態度は終始いつ喧嘩になってもいいようにかなり彼に対して冷たい態度だったのが自分でも残念だし、彼も別れ際少し元気がなくて残念そうだった
毎回同じ事書いてるけど、こういうのが残念でたまらない
これだけ良くしてくれる人ならもっと仲良く慣れただろうに、初対面の人には常に猜疑心のかたまりで接しているからこういう結果は避けられない
きっと怖いのだ
よくこのパターンで騙されて最後にお金を請求される人は金を払うのが嫌なわけではなく、裏切られて心に傷を負うのが嫌なのだ
この手のガイド料の請求は大した事無いと思うし、それより散々フレンドリーに接しておいてこちらも心を開いていろんな事話したのに、最後に手のひらを返され、その文字通り返した手のひらに金を置いてけど言われるんだから
まるで親友に裏切られたような気分になるんではないだろうかという事が容易に想像できる
だから俺も怖いのだ
傷つきたくないから最初から信じない
多少信じても心は最後まで開かない
そういう態度は相手だって気がつく
人を疑うのは簡単な事だけど、人を信じるのはとても難しいし勇気がいる事
俺には当分できそうもない