こんばんは。
藤里 美花です。
ある狼に育てられた子供は
人間に保護されてからも
4足歩行で生活をし、
遠吠えをしたり、威嚇したりする声でしか
周りに居る人間とのコミュニケーションを
行えなかった、と言われています。
私たちとなんら変わらない同じ機能を
その体に持っているのに、です。
つまり、私たち人間は、その機能があるだけでは、
脳も体も心も、
人としてのコミュニケーションや認識が行えない、
とも言い換えられます。
もしも、あなたが
『私は愛されてなかった』
『幸せなんかじゃない』
『優しくされたことなんてない』
と、思えると言う事は、
『愛される事がどんな事か?』
『優しくされるとはどんな気持か?』
『幸せとは一体何なのか?』
を、実は、ちゃんと分かる事が出来ていて
しかも
それを、どこかで
知る機会が既に合った、
比較する対象となる出来事に出合えていた、
と言う事になります。
本当に全く知らないし、
そんな経験もなければ、情報もない、となると
「私には無かった」という事すら
あなたは認識出来ないのです。
誰かが、あなたに教えてくれなければ
私達は、持っている機能すら
使う事が出来ないのですから。
『愛される事がどんな事か?』
『優しくされるとはどんな気持か?』
『幸せとは一体何なのか?』
その一端を、あなたに教えてくれた人が、
親じゃなくてもいいんです。
近所のおばちゃんかもしれない。
お友達かもしれない。
お友達の親かもしれない。
先生かもしれない。
それでも、あなたはちゃんと
誰かに教えてもらう事が出来ていた、のだから。
もしかしたら、
それは、
あなたが求めている100%の愛の形じゃなかったかもしれません。
欲しかった相手ではないかもしれません。
それでも、誰かから、あなたが受け取った
まぎれもない愛の表現ではないでしょうか?

