今朝は丸の内朝大学の講座でした。今回の講師は飯尾洋一さん。
一昨年の1年目のLFJクラスで講義をしていただいた方です。
前半は、まずフランス・ナントで行われたLFJについて。
東京のLFJが老若男女入り混じって参加するのに対し、
ナントはほぼ年配の方が聴きにくるのだそう。
そして、通常はナントと東京、同じテーマで音楽祭を実施するのですが、
東京は今年で10周年なので、オリジナルの「祝祭の日」というテーマで
今までにテーマとなった作曲家10人とその友人たちの作品を取り上げます。
一方のナントは20周年なので、20世紀のアメリカの音楽がテーマ。
20世紀のアメリカ音楽といっても2つの流れがあり、
ひとつはアメリカが生んだ作品。この中にはジャズや黒人霊歌のように
アメリカの庶民の中から生まれたものと、モダニズムとも言える
実験的、前衛的な音楽があります。
前者はガーシュイン、後者はアイヴスやジョン・ケージ、フィリップ・グラスなど。
後者のほうは「ミニマル・ミュージック」などもあり、
ちょっと聴きづらいかもしれない分野。
またもうひとつは20世紀にヨーロッパからアメリカに渡ってきた
人たちの作品です。
たとえば、ドヴォルザークやラフマニノフ、あとコルンゴルドといった人たちです。
そして、日本ではクラシックのコンサートというと、
静かに音を立てないように、中座するときでも楽章と楽章の合間に
そっと抜けるようにしますが、
ナントの聴衆は曲の演奏途中だろうがなんだろうが、いなくなってしまうそうです。
また、演奏中に写真撮影なんかも平気でするらしい。
日本だとこんなことはおよそ考えられませんが、
飯尾さんによると、このナントの聴衆の様子はそれほどイヤな感じじゃないそうです。
日本だとカメラなんか持ち出した日には、さっと会場係が飛んできますからね。
ナントじゃ会場の人も聴衆がカメラで撮影しても、全然平気らしい。
こういう環境で演奏するアーティストの人たちは、
きっとかなり精神的にタフになるでしょうねえ。
そして、東京にもくるドイツのピアニスト、ヨーゼフ・モーグが
LFJイチ押しということで(LFJ関係者はみんな推しますねー)
モーグの「スカルラッティ・イルミネイテッド」というアルバムから
スカルラッティのピアノ・ソナタ原曲と、その曲をある作曲家が
アレンジしたバージョンを聴かせてもらいました。
スカルラッティはバロック時代の作曲家なので、原曲は音がとてもシンプルなのですが、
編曲版は音がたくさん増えていて、厚みのある作品になっていました。
そして、後半は意外でしたが、一時話題騒然となった佐村河内氏の話。
といっても、彼がどのように世の中を欺いたかということではなく、
作品についての話からクラシックの作曲家の話へとつながっていきました。
彼のやったことはあまりよろしくないことだけど、
それと彼の作品(というかゴーストライターの新垣さんが書いた)
「交響曲第1番HIROSHIMA」を演奏する、しないは関係ないんじゃないか
というのが飯尾さんの意見。
もし、作曲家の倫理観が作品の演奏に影響されるなら、
ワーグナーの作品なんかとても演奏できない。
(ワーグナーは不倫したり借金したり、いろいろあったみたいですからね)
とはいえ、ワーグナーの時代と現代とでは時代も倫理観も違うので、
同じレベルで考えるのはどうなのかなと思いますが…。
というわけで、「交響曲第1番HIROSHIMA」を聴いたことがない人も
多いのではないかということで、そのさわりを聴きました。
またこの曲の第4楽章はマーラーの交響曲第3番の終楽章に
酷似しているという指摘が専門家からあがっているので、その聴き比べもしました。
確かにすごく似てる!
でも、これがコピーかといえばそうとも言い切れないし、
クラシックの世界では昔から過去の作品に影響を受けて自分の作品を書いた
作曲家たちがいるのです。
その例として影響を受けた作品とその元にあたる作品を数曲聴き比べしました。
佐村河内さんの作品が酷似しているというマーラーの交響曲第3番終楽章は
実はベートーヴェンの弦楽四重奏第16番の終楽章によく似てます。
ほかにも、
マーラー「交響曲第4番」第3楽章→ベートーヴェン「フィデリオ」第1幕の序奏
ブラームス「交響曲第1番」第4楽章→ベートーヴェン「交響曲第9番」
(これは酷似しているというより、ブラームスがベートーヴェンの第9に
インスピレーションを得て作品をつくったもの)
ラフマニノフ「ピアノ・ソナタ第2番」→ラヴェル「ラ・ヴァルス」
(でも、これはラヴェルよりもラフマニノフのほうが先に作曲されているので、
ラヴェルがラフマニノフの作品を知っていたのかどうか、不明なのだとか)
ハイドン「交響曲第104番ロンドン」→クロアチア民謡「タンブリカ・トライストフ?」
それぞれの曲を聴き比べてみると、ホントによく似てます!
クラシックにおいてオリジナリティは重視するけれど、それは100%のオリジナル
かというと、そうではない。
100%オリジナルではないということではなく、過去のものをどう発展させていくのか
そこが大事なポイントになります。
これは、クラシックの世界だけじゃなく、ほかの世界にも通じることだと思いますが。
そして、今回の東京のLFJは、今までにテーマとして取り上げてきた
10人の作曲家だけでなく、その友人たちの作品も取り上げるので、
作曲家動詞がいろいろな影響を受けて、それぞれの作品が生まれている、
その作曲家同士の縦のつながりなども考えながら聴くと、
クラシックの大きな流れが「祝祭の日」というテーマの中で見えてきて
おもしろいかもとのことでした。
まさか、佐村河内さんのことが出てくるとは思いませんでしたし、
LFJにどうつながるのかとも思いましたが、
なるほど、そういうところにつながるんですね!