夢に向かって一歩踏み出す勇気~光にふれる | Cecilia's Diary

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「聖セシリア」は、音楽の守護聖人。これにならって、音楽をはじめとする芸術や
伝統文化などを楽しみつつ、毎日を生き生きと過ごしている様子をつづります。
ライフワークとしてコーチングも勉強中。

視覚障害を持つピアニストとダンサーの卵とのふれあいを描いた映画
「光にふれる」を観てきました。

この映画は、台湾出身のピアニスト、ホアン・ユィシアンの実話をもとに
作られたそうで、もとはチャン・ロンジー監督の短編映画
「ジ・エンド・オブ・トンネル(天黒)」がベースで、
この短編映画が台北映画祭で最優秀短編集を受賞した際、
ウォン・カーウェイ監督が目を留め、ウォンとチャンによる
コラボレーションで生まれた映画なんだそう。

そして短編映画のときと同じく、ホアンさん自身が自分役を演じています。
このホアンさん、2011年には東日本大震災のチャリティコンサートで
来日されたことがあるそうです。

日本だと辻井伸行さんのような存在に近いでしょうか。

生まれたときから視覚障害によって目が見えないホアンは、
幼少期からピアノの才能を発揮し、コンクール出場により
優秀な結果を出しますが、そのときに周りから言われたひとことが
トラウマになり、あるときからコンクールなど自分をアピールする場に
出ることを恐れています。

いつも彼のそばで見守ってきた母は、彼が将来音楽で独り立ちできるようにと、
台北の音楽大学に通わせます。
家からは遠いからなのか、ホアンは学校の寮に入って学生生活を始めます。

映画は音楽大学に通うために家族に別れを告げ、
母とともに台北の大学へ向かうシーンから始まります。

キャンパスに着いたとき、ある女性が無料で飲み物が飲めるという
チケットを配っていたのですが、ホアンの様子を見た彼女は、
さりげなくホアンを避けてチケットを配ります。

ここ、ほんの一瞬のシーンなのですが、避けられたとわかったときの
ホアンのなんともいえない表情に胸が痛くなりました。

母はしばらくホアンの世話をするために台北に滞在するのですが、
寮にいっしょに泊まるわけにはいかず、近くの親戚の家に泊まるため
持ってきた荷物を学生寮の部屋に並べて立ち去ります。

このときの母のとても心配そうな顔。
今までいっしょに暮らしていた子どもが離れていくとき、
親はなにがしか寂しい気持ちになったり、ちゃんとやっていけるのかしらと
心配になったりするのだと思いますが、
ホアンの場合は目が見えないということもあり、ひとりにすることに不安がありながらも
自立してもらわなければという思いも強く、葛藤があったのではと推察します。

ともあれ、ホアンの大学生活が始まりますが、
最初は慣れない場所だし、ホアンを寮から学校まで連れてくる役目の
日直も、面倒くさがって彼をまともに連れてくることをせず、
行きかう学生たちにぶつかったりして不安な気持ちで過ごします。

あるとき、とある養護学校に向かう道に迷ったホアンに
シャオジエというファーストフード店の女性が声をかけて
目的地まで連れて行ったことをきっかけに、二人は親しくなります。

シャオジエはダンサーを夢見る女性でしたが、
親に理解がなく、またダンサー仲間の恋人との仲もうまくいかず、
いつも暗い顔をしていました。

二人とも出会った時点では、それぞれの夢を思い描きながらも
その夢にまっすぐ向かっていけないもどかしさを感じながら
毎日を過ごしていました。

でも、ホアンの同室の友人やその仲間、そしてシャオジエとかかわることで
次第にホアンもシャオジエも自分の夢に向かって歩き出していきます。

物語の終盤、大学の先生にコンクールに出るように言われたホアンは
クラスの仲間につまはじきにされたことや、自身のトラウマによって
コンクールには出ないと決め、同じ日に行われる学園祭(みたいなもの?)に
仲間とバンド演奏をするつもりでした。

しかし、仲間たちが本当にそれがいいのか、ホアンのためになるんだろうか…
と考えた結果、なんと学園祭をすっぽかしてコンクールに向かうのです。

当然コンクールには応募していなかったので、出場できるはずはないのですが、
最終組の演奏が終わったあとの出て行って、エントリーしてないのに
仲間といっしょに演奏してしまいます。

ちょうど同じときに、ジャオジエはバレエのオーディションを受けていて
ホアンの演奏とシャオジエの踊りがうまくコラボレーションして溶け合った
シーンが出てきます。

最後は二人とも夢に向かって一歩を踏み出したところで終わるのですが、
最初、映画を観る前はてっきりクラシックのピアニストだと思っていたので
もっとクラシック曲が流れるのかと思っていたら、
クラシックはもちろんですが、バンドっぽい曲もあったので
ホアンさんはクラシック専門のピアニストではないようです。

にしても、映画だからでしょうか、ピアノ演奏の音が悪い。
弾いているピアノも調律が少し狂っているようでした。
こういう撮影のときって、ピアノの調律とかちゃんとしないんでしょうか。
それともスクリーンを通すと音質が悪くなっちゃうんでしょうか…。

全編に流れる音楽もホアンさんが担当しているということでしたが、
音楽自体はとても美しいいい曲が流れていました。
しかし、せめてピアノで実際に弾くシーンの音質にはこだわってほしかった気がします。

また、シャオジエはダンサーをめざしているので
中盤でダンスの無料体験に参加するところから始まり、
ダンスクラスでのしなやかな踊りには萌えました。

とても素晴らしい才能を持った人の話なのですが、
やはりそこには「視覚障害者なのに優れたピアノの才能を持っている」
というのがウリになってしまうんだなと思いました。

おりしも今、佐村なにがしの事件が世間を騒がせていて、
彼の場合はまだ確かなことは言えませんが、どうやら障害を
自ら売名行為に利用した感じがあります。

一方のホアンさんは、そのような目で見られるのが耐えられなかったために
あるときからコンクールに出場するなどめだった活動をすることを
控えていました。

ホアンさんは佐村なにがしかとは違って、ホンモノの才能を
持っているのかもしれません。
でも、彼が健常者であったなら、ここまで騒がれたのだろうか…。
彼が健常者であったなら、この映画のようなドラマは生まれたかったわけで、
(ドラマがあったとしてもここまで衝撃の強いものではなかったかもしれない)
そう思うと、なんだかなあ、という気持ちになりました。

自分も含めて障害があるということで、健常者が同じことをやるのにくらべて
どうしても色眼鏡で見てしまう。
そこには、健常者でなくてかわいそうなのに、こんなにすごいことができる!
みたいな、健常者からの上から目線が誰の心にも
ひそかに隠れているからなのかもしれません。

そう思うと、涙流して感動!というわけには、いかないのでした。