ちょっとオモシロいクラシックのイベント「爆クラ(爆音クラシック)」。
年明け早々にお行われた第19夜にまた参加してきました!

今回のテーマは「クラシックとその物語性について」。
ポップスもそうですが、クラシックの曲にも曲の構成というものがあります。
たとえば「ソナタ形式」。
主題の提示があって、それが展開し、再び再現されて終わる。
ちょうど小説など物語の骨格である「起承転結」に近いような
音楽における骨組みがあります。
小説などにおける「起承転結」が、そこで起こるドラマ性を引き出すように、
音楽の世界でも「ソナタ形式」のような曲の構成が
果たして音楽の中のドラマを盛り上げているのか…?
そんな観点からクラシックをとらえていくという趣向。
この日のゲストはゲームクリエーターの飯野賢治さん。
「Dの食卓」というゲームのヒット作を生み出した方で、
中学時代からブラスバンドで金管楽器(からだが大きいから
中学の時はチューバーを吹いていたんだとか)を吹き、
一時はアマチュアオケ(といっても半分プロみたいな)に所属したり
指揮者の勉強をしにドイツに行くかもしれなかった(!)
というくらいクラシック好きなんだそう。
年が明けたばかりですが、1曲目はなぜかベートーヴェンの「第9」。
第4楽章の歌が入る直前あたりから聴きはじめ、
途中で「飛ばし」が入って、最後のあおるようなクライマックスを経て
終わるところまでをひと通り聴きました。
飯野さんいわく、この「第9」第4楽章は、
最初に出てくるメロディと、歌のメインテーマとなるメロディ、
この2つが軸になって、そのすきまにいろいろなメロディを織りなしているそうです。
最初のメロディは上から、つまり天からの声。
歌のメインメロディは下から、つまり民衆の声。
天からの声と民衆からわきあがる声を軸にしているのだと。
この構成によって、次第に「希望」というものがわきあがり
ラストで盛り上がったところで感動的なフィナーレを迎えるのです。
ベートーヴェンは、宮廷のおかかえ音楽家のようにどこかに属することがなかった
初めてのフリー作曲家と言われていますが、
飯野さんはベートーヴェンを「初めて観客を意識した作曲家」であり、
「民衆の声を代表した作曲家」だと表現しました。
反対にモーツァルトなどは、民衆の声というより、
頭に浮かんだ曲想をそのまま音に表した、ある意味自分勝手な作曲家なんだそう。
(これは天才だからこそできるワザですが)
なので、ベートーヴェンの作品にくらべるとどこか冷たい。
…確かに、モーツァルトの作品はキラキラと美しい感じですが、
ベートーヴェンほどの情熱をほとばしらせるような熱は感じません。
この「第9」に興奮した湯山さん、
今年の年末の「爆クラ」は、第9を聴きながら
みんなで合唱するイベントにしよう!
とノリノリでした。
こんな情熱的な曲の次は、レスピーギの「ローマの松」。
レスピーギはイタリア・ボローニャ出身の作曲家で、
この「ローマの松」「ローマの噴水」「ローマの祭り」を合わせて
「ローマ三部作」と言われています。
この「ローマの松」から、まず第4部「アッピア街道の松」を視聴。
飯野さんいわく、この「ローマの松」は、ローマの松の視点から
書かれた音楽なんだと。
たとえばこの「アッピア街道の松」なら、古代ローマの進軍のために使われた
アッピア街道の松が、ここを通る軍隊が近づいてきてまた遠くへ去っていく
その様子を、そこに植えられている松の視点からとらえた音楽なのだというのです。
「ローマの松」自体、それほど詳しく聴いたことはないのですが、
なるほど言われてみれば、軍隊が主体ではなく、
そこに存在する松を主体として、だんだんと軍隊が近づいてきて
街道を歩き、そのまま遠くへ去っていく…。
そんな感じが音楽にも表れています。
次はベルリオーズ「幻想交響曲」から第4楽章「断頭台への行進」。
この「幻想交響曲」は、失恋して絶望的になったアヘン中毒の
芸術家の物語が音楽でつづられていくのですが、
実はベルリオーズ自らの失恋体験を追体験するような曲。
爆クラで話を聴くまで知らなかったのですが、
ちゃんとこの音楽に対するストーリーが決まっていて
演奏前にベルリオーズみずからが書き記したストーリーメモを
読んでから演奏しなくてはいけないんだそう。
「断頭台への後進」は、愛していた女を殺したために、
死刑になり、断頭台へと引かれていく様子が描かれています。
いよいよ死刑執行というときに、群衆の中に殺したはずの女性の姿を見て
「あ、彼女がいる!」と思った瞬間にバッサリと首を切られておしまい。
そんなシュールな曲です。

この部分の描写が実にうまく音で表されていて、
女性の姿を見た(と思った)ときの、一瞬われにかえる状態、
そこからギロチンがバサッと落とされる場面、
そして殺人者が死んで「よかったねー」といった感じの場面。
これが、オーケストラの音でみごとに表現されているのです。
結局、すべては夢だった、というところで終わるのですが、
なんとも不思議でシュールな作品です。
実際のベルリオーズも、元恋人とその結婚相手を恨み、
二人を殺して自分も死のうと殺害計画を実行しようとしたらしい。
(未遂で終わってますが)
まあ、こんな人が世の中にいたら非常に迷惑ですが、

芸術の世界だと、こんな名作な人がすばらしい作品を
生み出してしまうのだから、不思議なもんです。
ここでいったん休憩が入り、
後半はロマン派の中でもドラマティックさではほかにひけをとらない
チャイコフスキー「交響曲第4番」から。
チャイコフスキーには、パトロンとして鉄道王の未亡人である
フォン・メック夫人がついていたことは有名ですが、
この「交響曲第4番」は、このフォン・メック夫人に捧げられた作品なのだそう。
ちなみに、特に明記はされていませんがチャイコフスキーって
実はゲイなんだとか。
湯山さんは、コトの真偽はわからないけれど、
彼の曲を聴くと、これはゲイの曲だ! と言われていました。
しかし、ゲイの曲ってどこがどう違うの…?
続いて、同じチャイコフスキーの「1812年」から第3楽章。
この「1812年」という年は、フランスのナポレオンが
ロシア遠征をした年。
第3楽章には、フランスの国歌である「ラ・マルセイエーズ」が
フランス軍の侵攻の様子を表し、
ロシア民謡風のメロディが、農民であり兵隊でもあるロシア人の
攻防を表しているそう。
このメロディの応酬により、次第に「ラ・マルセイエーズ」の勢いが
弱くなっていき、ドカンドカンと大砲を打つ音が聴こえ、
結果、フランス軍が逃げていく…。
こんなシーンを音楽であらわしています。
この大砲を打ち込むところ、通常のコンサートでは
オーケストラがバスドラムで代用したり、今だとサンプリングの音で
代用したりするそうですが、陸上自衛隊などで演奏されるときは
ホンモノの大砲をドカンドカンと打ちあげるのだとか!
室内で大砲を打ちあげるわけにはいかないので、
なかなか演奏される機会はないですが、
陸上自衛隊の行事などで野外で演奏されることがあったら
ぜひ聴いてみて、とのこと。
…そこで、帰宅してからネット検索してみたら、
ありました!
いや、ほんとにこれでもかってくらいドカンドカンぶっ放してます。

これ、ゼッタイ生で大砲の音をぶっ放してるのを聴いてみたい!
このドカンドカンという大砲の音につられてか、
最後はクラシックではない、現代音楽(?)ともいえるような
サウンドを聴かせてもらいました。
CIDRIM(シドリム)という名前のアーティスト(?)で
飯野さんが今いちばんハマっている音楽だそう。
まるでテクノの打ちこみのような音が
ドドドドっていう感じで聴こえてきて、かなりカルチャー・ショックを受けました。
こういった音楽の軸となるのは、ビートの打ちこみの部分で、
この軸が、ベートーヴェンの「第9」だと、上からの「天の声」メロディであり、
下からの「民衆の声」なんだとか。
このあたりは、あまりの爆音に
クラシックとの共通点がよくわからないままでした…。
でも、こうやって「物語性」という切り口でクラシックを聴くと
今までにない発見ができて楽しかったです。
次回もまた可能なかぎり参加しにいこうっと。
