たらちねの伝言 -4ページ目

たらちねの伝言

日本の若い娘たちへ

たらちねの伝言 2

 

私は恐ろしくせっかちだ。自動ドアの開閉を遅いと感じ、バスを待てなくて歩く。しかし好きな人を待っている時は苛立たない。信号が青になって大勢の人が歩き出す。大勢の中に私の好きな人がいる。こんなにもたくさんの人がいるのに私はただ一人の人と繋がっている。カフェで待つ。次々に客が入ってくるが、一人だけが私に向かってやってくる。私の愛する人が私に微笑みかける。この瞬間が好きだから待つのが楽しい。少し早めに行って待つ時間を楽しんだりする。

 

返事が遅いとイライラ待っている娘たちがたくさんいるだろう。電話に出ないとか、既読にならないとか、既読スルーだとか。通知音で慌てて携帯を見るが彼からではない。あなたにあなたの都合があるように彼には彼の都合がある。が、落胆する。この時にも携帯を眺めてため息をついているかもしれない。よくわかる。

 

若い娘さんたち、この繰り返しになったら気を付けて。待つのを楽しめなくなったら注意信号だ。会ってない時も好きな人を思うのは楽しい。やけに他人に優しくできたりする。あたしゃこんな人間だったのかと自分に驚くこともある。しか~し、もし彼の返信を待って精神状態がよろしくないのなら、ちょっと落ち着いて深呼吸。苦しいのは愛じゃない。本当の愛が苦しいはずがない。苦しいのは執着だからだ。執着は人を苦しめる。愛と執着は違う。深呼吸して自分が彼を愛しているのか、彼に執着しているのか自分によく聞いてみて。執着なら手放しなさい。苦しいのは彼のせいじゃない。自分で苦しみを握っているだけなのだから手放しなさい。

 

四六時中彼のことを考えるのも結構だが、辛くなってはいけない。もっと自分に優しくしよう。かく言う私も待っている。当てのない返信をずっとずっと待っている。人生は想像よりはるかに深い。

今日は仕事とは関係なく、日本の若い娘さんたちに向けて私的なことを書いた。私は本当に切望したが残念ながら娘がいない。でも日本の娘たちが幸せでいて欲しいといつも望んでいる。だからババアの独り言が少しでも届けばと願って書いた。日本の娘たち向けに日本語だけ掲載する。

 

 

 

たらちねの伝言1

 

私は面食いである。どう批判されようともどうしようもない。ハンバーグが好きだというのを直せと言われてもできないのと一緒だ。映画を観るにしても主人公が美男美女でないと見る気が失せてしまう。「ブスの未来に興味なし」なのである。

 

この傾向は年を重ねてから一気に強くなってきた。若い時は気にならなかった。気が合って、ノリが同じなら顔面に関係なく恋愛対象になったし、恋にも落ちた。でも今は無理だ。年取ると花や景色を愛でるようになり、携帯で撮る写真が植物ばかりになる。それまで気に留めなかった季節の移り変わりに敏感になる。人生の残り時間が少なくなると美しいものを求めるようになるのだろうか。

 

残念ながら今私を口説こうとしてくれている有難い人たちは私の定義ではハンサムに入らない。従って恋に落ちない。過去のデータから三秒で落ちないと三年かかっても落ちないことが証明されている。気のある振りをして惰性で付き合うのか、きっぱりと断ってすっきりするのか、どちらが正解なのかわからない。

 

どんなに中身が良くても外見が好みでないと友達以上になれなくなってしまった。逆に顔面や外見が好みだと性格が少々ひねくれていても好きになる。もう子孫を残す必要がないからババアが妥協して抱かれなくてもいいということだろうか。ただ単に私の性格が悪くなったということだろうか。それとも私が相手の性格に寛容になったのだろうか。謎だ。私は大事なものを失っているのかもしれない。

 

若い娘さんたち、もし自分がブスだと思っているのなら、そんなつまらない固定観念は棚にのせて、恋をしなさい。恋に落ちるとは非常に面白い心の作用なのだ。もし好きだと思える人に出会えたら感謝して楽しみなさい。嬉し恥ずかしだけじゃなくて、苦しみも悲しみも寂しさもみんな味わい尽くして楽しみなさい。気が付くとそんな素敵な気持ちを味わえなくなっているかもしれないのだから。