たらちねの伝言 -2ページ目

たらちねの伝言

日本の若い娘たちへ

たらちねの伝言 22

 

私はNetflix中毒である。ほぼ毎晩、映画やドラマを飽くことなく見ている。最近The Oneというイギリスのドラマを見た。DNAで運命の人がわかるというビジネスの話。夫の髪の毛を会社に送って調べてもらったら、夫の運命の人は自分ではなかった。妻は夫の運命の人が気になって探し出して会ってしまう。そんなことするもんだから、会わせたくなかった夫の運命の人は夫と出会ってしまう。そして夫婦仲も悪くなって・・・女主人公の衣装が恐ろしくダサいが、ちょっと考えさせられるドラマだった。

 

運命の人。一緒にいるととても自然に感じられる不思議な存在。一緒にいなければならない気がする。他の誰とも違う特別な感覚がする。自分がなくなってしまうくらい、すべてを与えたくなる。その人がいれば何もいらなくなる。

 

若い娘さんたち、もうそんな人に出会っただろうか。きっと誰もが出会えるわけではないと思う。そして出会えても一生一緒にいられるとは限らない。引き離されるときの辛さは想像を絶する痛みだ。それに耐えられるようでないと与えられないのかもしれない。もちろん一緒に生きていかれる人もいるだろう。

 

もし一緒に生きられない辛さに苦しんでいるのなら、視線を変えて欲しい。そんなに愛せる人に出会えたことを喜んでほしい。誰もが出会えるわけではない。自分のすべてをかけて愛せる人は簡単には現れない。泣きたいときは泣いて、愛したいだけ愛せばいい。そんな愛を経験できたことに幸せを感じるようになるまで泣こう。

 

 

たらちねの伝言 21

 

5月13日はオランダの祝日だ。オランダのというよりキリスト教の祝日でイエスの昇天祭という日らしい。少し有名なイースターは、イエスが復活した日。イエスは磔にされて死んでから三日目に復活したそうだ。ゾンビみたいだけど、そういうことになっているらしい。その日が復活祭でイースター。春分の日の後の最初の満月の後の最初の日曜日に設定されている。だから実際の命日みたいに毎年同じ日ではない。そしてイースターの後40日目に天に昇ったので、その日が昇天祭だそうだ。

 

宗教に興味のある人は少ないだろう。私はおそらく典型的な日本人の宗教観を持っていると思う。寺も神社も関係なく、どこでも神様らしきものが祀られているところなら手を合わせるし、クリスマスも楽しむ。宗教に全くこだわりがない。神様は神様だ。悪いことをすれば誰も見ていなくても罰が当たると思う。私の両親もごく普通の日本人で、葬式は仏式でするだろうが、宗教に関心はない。

 

そんな家で育ったが、どういうわけか私はキリスト教の幼稚園に通った。通える範囲にその幼稚園しかなかったからだ。両親に宗教的こだわりはないし、他に選択肢がないから私はそこに行かされた。4歳の素直な私はすぐにキリスト教に染まった。先生はシスターで厳かな灰色の修道服を着ている。月曜の朝には小さな教会でミサがある。讃美歌も歌った。あっという間にプチクリスチャンの出来上がりだ。夜寝る前に月に向かって十字を切ってお祈りする私を母は不思議に見ていたらしい。

 

でも私は普通の公立小学校に入学し、俗世に戻ってキリストを忘れ、新しい環境に順応した。今、私はどの宗教の信者でもない。しかし三つ子の魂百までとはよく言ったもので私は教会が大好きだ。ヨーロッパを旅行するときは必ず教会を訪れる。一番落ち着く場所だ。国による違いもあって面白い。お寺にいるとなんだか怒られそうな気分になって落ち着かない。子供の頃に刷り込まれた感覚はババアになっても残っている。マリア様が大好きだ。いつも守られている気がする。

 

私にとってイエス・キリストは物凄くいい人で他人が幸せであるように一生懸命生きた人で、マリア様は我が子を亡くしたお母さんですごく強くてすごく優しい人なのだ。だから大好きだ。4歳の感覚でそう思う。

 

何でこんな話をしたかというと、昨夜、もううまくいかないかなあと思っていた男から連絡があって夜中長いこと話したからだ。デートしたかったけど、知り合って数週間すれ違いが多かったから、こりゃあ次にいったほうがいいのかなと少し諦めていた。ニヤニヤして今朝起きてやっぱり神様がいるんだなあと思った。

 

若い娘さんたち、人生なんとかしようと躍起になるが、自分のスケジュールなんかで動いてないんだよ。神様のスケジュールで進んでいくから、焦っても、のんびりしていても、諦めても、望んでも、結局同じこと。重い荷物は神様に預けて手ぶらで旅を楽しむのがいい。かく言う私も手ぶらになれたのはつい最近だ。若い時から手ぶらで生きられたら人生をもっと面白がれただろう。

 

日本の若い娘さんたち、元気に楽しく過ごしているだろうか。なかなかここに投稿できない時もいつも娘たちの幸せを遠くから祈っている。回り道も、近道も、ぬかるみも、でこぼこ道も、上りも、下りもないんだよ。そう思って、そう見ているだけ。大丈夫。

 

 

たらちねの伝言 20

 

私が東京の下町で育ったせいか、まわりの人間のせいかわからないが、小さい時から、特に年の離れた従姉にブス、ブスと言われていた。母は怒って庇ってくれていたが、従姉はブスなんだから愛想よくなるように育てなきゃとか言って取り合わなかった。そしてブスの自覚を持って成長したほうが後々幸せだという持論を振り回していた。私は言われるたびにムカついたが、自分は従姉より美人だと自信を持っていた。従姉はかなり年が離れているせいか、よく私を可愛がってくれて、今でも仲がよく、好きなことを言い合っている。

 

若い娘さんたち、自分が言葉で他人を傷つけられると思っているのだろうか。もしくは自分は他人の言葉で傷つくと思っているだろうか。よく考えて欲しい。ブスと言われたとしよう。ブスという言葉に自分なりの解釈がある。ブスであることは非常に嫌なことであるという否定的な基準が自分の中にあり、自分のことをブスだと思い込み、自分を嫌っているとする。そこでブスと言われたら、それはあなたの基準に当てはまり、嫌いな自分を傷つけるスイッチとなるかもしれない。

 

反対にブスの基準がなく、自分の外見をブスとは思っていないし、自分に自信を持っているとしたら、ブスと言われてもブスという言葉は基準に引っかからないのですっと通り抜けて行くだろう。自分を傷つけることはもちろんできない。ブスという言葉に意味をつけているのは自分なのだ。

 

例えば、全く知らない外国語でブスと言われてもなんともないだろう。その言葉は自分の中にないから、あなたの思考は捉えることができない。人に言われた言葉は自分を傷つけることなどできない。その言葉にどう意味をつけて捉えるかによって自分で自分を傷つけるのだ。自分を傷つけられるのは自分だけだ。

 

若い娘さんたち、あなたの思考は言葉に飛びついて、それを使って自分にムチ打つのである。どんな言葉でも自分の思考によって捉えるので、自分の思考に傷つけられるだけで、決して外からの攻撃で傷つくのではない。よく自分を見て、思考がどこに向かっているのか見て欲しい。自分を判断する自分の思考しか自分を傷つけることはできない。

 

娘さんたち、自信を持ちなさい。あなたは誰が何と言おうと大事な存在だ。他人の言葉なんかどうでもいい。自分を愛しなさい。自分を愛する時、あなたを愛する人も現れる。

 

 

たらちねの伝言 19

 

もうすぐ母の日だ。ババアの私にも産んでくれた母がいる。私の母は鼻っ柱が強く、感情的で、情にもろく、愛情深い下町の人だ。好き嫌いがはっきりしていて娘からすると面倒くさいところもある。母は腰が悪く子供を産むことは医者から止められていたが、どうしても子供が欲しくて私を産んだ。

 

母に恋愛の相談をしたことは一度もない。彼氏を紹介したのも結婚する時だけだ。親には恋愛の話は一切しないし、両親の恋愛の結果この世に誕生したのだが、親に性欲は認めたくない。前にも書いたが、親と性欲は食い合わせが悪い。

 

私の両親は私が小さい時から仲が悪く、別居していた期間があるが、結局よりを戻し、今は毎日喧嘩しながら一緒に暮らしている。この経験は長い間私を非常に苦しめたが、強くなることもできた。今となっては必要な勉強だったと思える。

 

アメリカの大学に入学したが、日本を発つ二週間前に結婚することにした時も、離婚して子供二人を抱えて暮らし始めた時も、オランダで一人暮らすことも、母はただ受け入れて助けてくれた。父も応援してくれた。いつも自分の決めた道に絶対進んでいく頑固な私を知り尽くしているからかもしれない。きっと諦めているのだろう。

 

今年もオランダから母の日カードを送ることにした。毎年、お決まりの文句だったが、今年はなぜか自然と「私が何があっても大丈夫で、強く、楽しく生きられるのは、お母さんがいっぱいいっぱい愛して大事にしてくれたからだと思う。」と書いてなんだか涙が出てしまった。年取ったなあ。

 

若い娘さんたち、きっと自分にも子供ができたり、年取ったりすると、もっともっと母親の有難さが実感できるよ。母親といってもいろいろいるから感謝できる親ばかりではないかもしれないが、それすらあなたに必要なことだったといつか気づくだろう。

 

「産んでくれと頼んだ覚えはない」とよくドラマの台詞にあるが、娘さんたち、本当にそう思う?私たちは母親に産んでくれとお願いして生まれてきたんだよ。私は息子たちに小さい時からそう言っている。あんたたちが頼んだから産んでやったんだよって。そう考えてごらん。人生の見え方が変わるよ。

 

 

たらちねの伝言 18

 

「好きな人と付き合うか、好きになってくれた人と付き合うか。」という質問をすると「そんな贅沢なことを言う奴は一生独身でいろ」「相手に思いやりがない」「自分勝手だ」「理想が高すぎる」などと袋叩きに合う。いい女ぶりやがってと批判されるが、いい女ぶってはいない、私はいい女だ。きっとそういう質問をする人もいい女なのだろう。

 

YouTubeで「ホンマでっか」を見たら、まさにこの質問について心理学の先生が話していた。痛みに強い人は好きな人と付き合ったほうがよく、痛みに弱い人は好きになってくれた人と付き合うほうがいいそうだ。

 

私は痛みは大嫌いだ。強いか弱いかわからない。嫌いってことは弱いのか?でも好きな人としか付き合えない。いくら好きと言ってもらえても自分の気持ちは何も影響されない。第一印象で行けると思えなければいつまでたっても行けない。情にほだされることはまずない。

 

相手がいくら自分のことを好きだと言ってくれても、自分が好きでなかったら付き合えないと思っていた。違う?娘さんたちは好きになってくれれば好きじゃなくても付き合うの?自分が好きな人と付き合う以外の選択肢を持たない私にはできないが、大人なので質問の意味はわかる。自分を好きと言ってくれる人のことを嫌いというわけではなく、ぞっこんというほど好きではないのよっていうことだろう。

 

自分を好きといってくれる人と付き合うほうが幸せになれると考えている人のほうが世の中多いらしい。たいして好きじゃない男とよく付き合えるなあと思うが、幸せの定義によって個々人の答えは変わってくる。好きと言ってくれる人に財産とか、地位とかいう付加価値がついたら、将来に不安がないというお土産付きだ。結婚となったらあんまり好きでないからと容易に切り捨てられなくなるのかもしれない。

 

いろいろ考えあぐねた結果、私はどうやら大雑把に括って二通りのタイプがあるのではないかと思う。狩猟民族と農耕民族の違いのようなものだろうか。かなり適当なことを言っているが、自分の好きだという気持ちにしか従えないタイプと、好きだと言われることによって相手に気持ちが向かうタイプである。私は明らかに前者のタイプであるが、後者の存在をよくみかける。半々ではなく後者のタイプのほうが多いような気がする。

 

若い娘さんたち、あなたはどっちだろうか。結論はどちらのタイプにせよ、自分の心に従いなさいということだ。どちらも悪くも良くもない。ただ違うだけだ。問題はあなたの心が幸せを感じているかということ。静かに心と向き合ってYESというほうに行きなさい。変な話だが相手など関係ないのだ。自分勝手に振る舞いなさいということではない。あなたの心はあなたしかわからない。あなたの心が一番大事。

 

たらちねの伝言 17

 

日本の若い娘さんたち、ご無沙汰したのだ。みな元気に人生を楽しんでいるだろうか。私は田舎に引っ越してひと月経った。なんとか生活できるくらいに部屋を整えられたところだ。

 

以前このブログで書いたが、結局、私を落とそうと頑張っていた知人の紹介で田舎に越してきた。引っ越しは本当に疲れる。今回はおまけがついていて余計に疲れた。知人は車を出して引っ越しを手伝ってくれると申し出てくれたが、その時デートしていた人が車を出すというので彼に手伝ってもらうことにした。結果的に知人には私が彼氏持ちだと映ったらしい。また、一度私がお礼に夕食をご馳走しただけで、彼の食事や他の誘いをすべて断ったので自ずと理解してくれたようだ。

 

一件落着。と思いきや、今度は大家さんの求婚を受けて困っている。大家さんは知人の旧友なのだが、大家さんの大きな家の一角を間借りしている状態で、大家さんは自宅に作業場を持っていて、そこで仕事をしているので、四六時中顔を合わせられる環境にある。

 

ここに越してくる前に一度下見に来た時に会ったのだが、非常に純粋な田舎の人で5人の子供がいて20年前に離婚している。子供はみな成人して一緒には住んでいないが、みなよく遊びに来て良い関係を築いているようだ。下見の時の第一印象で私に何かを感じたらしい。とにかく毎日、コーヒーブレイク、昼食、夕食、映画鑑賞、屋外でのお泊りなど、様々なお誘いを受ける。このひと月、いろいろ世話になったので、できるだけ付き合っていたけれど、そろそろ断る回数を増やし始めた。

 

私の大家さんへの第一印象は「お爺さんだ」である。私もババアだからお似合いなのかもしれないが、どうしても無理だ。前にも書いたが、私は最初の数秒の直感で寝られるか寝られないかわかる。そしてそれによって付き合えるかどうか決まるし、その気持ちが後々変わることはない。だから有難い話だが、大家さんの嫁にはなれない。しかし純粋な彼は私に気持ちを告げて、いつか私に届くと信じていると言う。私をすでに彼の人生に組み込んでいる。彼は私の気持ちを知っているので、これ以上どうしようもない。

 

この大家さんの一件を理由にデートしていた人とは距離を置くことができた。ちょっと付き合ってバブル期のアッシー君(若い娘さん、アッシー・メッシーがわからなければググってください)のようなことをしてしまったが、もう会いたいとは思わなくなっていたので、ちょうど潮時だった。今は年下の人とデートを計画中である。この計画中に大家さんのことが原因で新しい人とギクシャクしないように必死になっているところだ。

 

でも楽しまなきゃね。若い娘さんたち、楽しんでる?私は好きでない人から好かれ、なかなか好きになれる人には出会えず、いろいろ思い通りにいかないことばかりだが、それも楽しんでいる。会う人には会う、会わない人には会わない。会いたいとか会いたくないとか関係ない。なんか大きな宇宙のパワーできっと決められているのだと思う。人生は面白い。うまくいくとか、いかないとか、そんなのないんだよ。すべてうまくできている。だから何も心配しないで、なんでも全部楽しめばいい。大丈夫だよ。

たらちねの伝言 16

 

今朝、Youtuberが15歳の少女に裸の写真を送らせて逮捕されたという日本のニュースをみつけた。SNSがコミュニケーション手段となってから、こういう事件が後を絶たない。リベンジポルノ、児童ポルノ、盗撮・・・一度ネットに出た情報はもう世の中から消すことはできない。

 

大好きな人から裸の写真を送ってくれと言われたらどうする?あなたのことが大好きだから、もっとあなたのことを知りたいから、なかなか会えないから写真を持っていたい、いろんな理由をつけて求められたらどうする?大好きだから、信頼しているから、送ってしまう?

 

断言しよう。あなたを愛してくれる人はあなたにそんなことは頼まない。なぜならあなたを大切に思っているから。写真を送らないことで機嫌を損ねて彼に嫌われるなら、そんな男と別れるいい機会だと思いなさい。その程度の男と付き合いたいならそうすればいい。あなたもその程度の女だということだ。自由意志は尊重する。そして自由には責任が伴うことがわかればいい。

 

若い娘さんたち、あなたはしっかり自分を愛している?自分を大切に考えている?自分を大切にするってどういうことかわかる?誰もあなたを守ってはくれないのよ。あなたの心はあなたが守るしかない。あなたしか自分を傷つけることはできない。あなたは世界にひとつだけの価値がある。誰がなんと言おうとあなたは唯一の大切な存在なのだ。これが真実だ。頭の固い時代遅れのババアと思われても構わない。でも娘たちが苦しむのは私も辛いから何度も言う。自分を大事にしなさい。

 

そして若い娘さんたち、自分に子供ができたら、毎日毎日、何万回と子供を抱きしめて「大事、大事」と言いなさい。子供にあなたは大事な存在なんだと言い続けなさい。これはババアの心からのお願いである。

 

たらちねの伝言 15

 

私は音楽が大好きだ。日本では通勤中必ず聞いていた。歩きながら聞いていて、よく次男に怒られた。会社のデスクにつくまで聞いている。どうしてもリズムを取りたいので人前では小さくかすかに指を動かし、足の指は靴の中でテンポを取るが、エレベーターで一人になれると踊り出す。ある日ふと気づいた。エレベーターには監視カメラがついているのだ。警備室では踊るババアで有名だったかもしれない。大人な警備員たちは、廊下ですれ違っても決して指差して踊るババアだとは言わなかったが、陰では踊るポンポコリンだったかもしれない。

 

私は外と内を分けるように厳しく躾けられた。母は礼儀作法に厳しい人だった(まだ生きているが)。その上、体育会系なので一般常識的な日本の作法は身につけているつもりだ。そんな私の家に数年前長男が彼女を連れてきた。詳細は省くが彼女が玄関で脱いだ靴を揃えなかった。私の中ではもう終わった。それはよそ様の家に上がる時の最低限の基本中の基本のマナーだ。しかし私の彼女ではないので、どうでもいい。

 

長男には何でも話すので正直な私の印象を伝えたら、それ以来彼女を私に会わせることはなくなった。よかった。子供の恋愛には興味がない。悩んでいるなら相談に乗るが、楽しくやっているならいちいち報告はいらない。勝手にやって欲しい。結婚しようとしまいと、ゲイになろうと何になろうと本人が幸せならそれでいい。私はずっと娘が欲しかったので、いつも息子に今からでも女の子になっていいんだよと言っていたが成功しなかった。

 

いつか私も義母になる日がくるのかもしれない。嫁の産んだ孫を抱くことは期待していない。人生期待するとろくなことがないのをよく知っている。ただ母は子供の幸せだけを祈っている。自分より子供が大事だ。母はそんなものだ。

 

若い娘さんたち、結婚となると彼氏の家や家族が重くのしかかってくるかもしれない。でも義父母と結婚するんじゃない。家の問題も彼と一緒に乗り越えられるか考えて。どんなことでも一緒に乗り越えていかれる人かどうか、それが大切。

 

たらちねの伝言 14

 

私はオランダの女性が大好きだ。明るくてオープンで優しくて強い。自分がレズビアンでないことが残念でならない。私がスーツケース二つを転がして、バスや電車の乗り口でとろとろしていると、これまで必ず100%オランダの女性が助けてくれた。男性ではない。若い女の子から私より年配の女性まで手を貸してくれる。一緒に仕事をした女性たちも、お世話になった不動産屋の女性たちもみんな懐が深くて優しい。本当に優しいから強い。大好きだ。

 

だからオランダの男性はラッキーだなぁと思っていた。ところがここのところ立て続けに聞いた実話に戸惑っている。一人の男性は19歳で結婚して27年の結婚生活を送り、一人の子供がいる人。彼は奥さんの浮気で離婚した。それも自分の友達と浮気していて、一人浮気相手が発覚してから次々に浮気相手が見つかったと言う。彼は一度も浮気しなかったそうだ。もう一人の男性は高校時代から付き合っていた女性と結婚して一人の子供がいる人。事実婚だが30年一緒にいて最後は奥さんの浮気で離婚。エチオピア人のサルサダンスの先生と恋に落ちたそうだ。まさに事実は小説より奇なりである。

 

私の終了した長い結婚生活の最後の10年は地獄だったが、私は浮気をしなかった。そんな心の余裕がなかったというのが本当のところだが、もともとの性格が体育会系(体育会系の意味が分からない娘さんは以前のブログをご覧ください)なので筋が通っていないと気持ちが悪いからかもしれない。他の男にいくのなら離婚してからじゃないと、気持ち悪いのだ。いくらもう夫に愛がなくても妻という立場があると他の男と付き合うのは自分の居心地が悪い。

 

だからといって浮気する人を責める気持ちなどこれっぽっちもない。みんな楽しく生きてくれればいい。配偶者が浮気していてももう片方がそれでいいなら、それでいい。その夫婦の問題だから私が判断することじゃないし、正直興味もない。

 

私の好きなオランダの女性はなんで浮気するのだろうかと考えた。いや、女性が浮気する時ってどんな時だろうかと考えた。浮気がばれれば必ず配偶者を傷つけることになる。この実話の二人もかなり傷ついたそうだ。そりゃそうだろう。それでも他の男に走るって・・・長年積み重ねた二人の関係よりも違う男への愛情が勝るのだろうか。それはきっと女だけの問題じゃなくて二人の問題なんだろう。二人の関係が充実していて心が満たされていたら他の男が入ってくる隙間はないだろう。どちらかが浮気をする時、それは二人の関係が変化してきているのだ。相手への思いと二人の関係をじっくり考える時が来たのだろう。

 

若い娘さんたち、彼が浮気した時、相手を責めることで消耗しないで、自分が浮気したいと思った時、二人の関係を見つめ直そう。その時が来たのだ。過去や未来に目を向けるのではなく、今の自分を静かに観察してみて。そして過去がどうであろうと未来がどうなろうと心のままに進もう。人生は流れていく。そういうものだ。いくら長く一緒にいた過去があっても、いくら将来が明るい相手であっても、愛は過去にも未来にもなく今にしか存在できない。

たらちねの伝言 13

 

私は恋愛においてあまり年齢を気にしないほうだが、やはり年齢はその人を形成する重要な特徴のひとつであるとは思う。とはいえ年齢はその人の一要素に過ぎないので、以前も書いたが年がすごく上でも自分にとって魅力的であれば好きになる。もちろんすごく年下でも。

 

結婚前に付き合った男は全員年上だが、離婚してから付き合った男は全員年下だ。ババアになると年上はもれなくジジイということになるので、ババアでも中身が子供のような私はどうしても自分より若い人と波長が合ってしまう。でも私なりのルールがあり長男より年下とは付き合わない。それはもう法律上大人でも私にとっては子供なのだ。ババアとして最低限のルールである。しかし告白するが今度初めて年上の人とデートすることになった。乞うご期待だ。

 

フランスのマクロン大統領夫人は25歳年上、加藤茶夫人は45歳年下。夫婦の形はいろいろだ。よそ様が何歳の人と付き合おうと両者の合意があれば法に触れない限り全く構わない。男女には二人の間でしかわからないことがある。年が違いすぎることが二人の間の障害になるのなら、そこまでの関係だろう。しかし年の違いを周囲にとやかく言われることが障害と思っているのなら、それは障害じゃない。外ばかり見ないで自分たちの関係と自分の心を見てみる。あなたの心は外にはない。

 

若い娘さんたち、年の差に悩んでいるのなら静かにして自分の気持ちを見てごらん。聞くべきは周囲の声じゃないよ。年齢も立場も国籍も職業も全部取っ払って、それでも彼が好きなのか聞いてごらん。外に答えを見出そうとしないで。答えはあなたの心の中にしかない。あなたが幸せであることが正解だよ。