カゲプロ想像小説リライト。第55話。その『悲劇』の名前。 | 墜落症候群

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墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 第55話。その『悲劇』の名前。



 そして、キドがアウロラの前に進み出た。

「さて……これで全部の『問いかけ』は終了した。

 まあ、アレだな。どいつもこいつも、自分の人生を曝け出すみたいな、凄く恥ずかしい『問いかけ』だったよな」

 冗談めかした風に言うキドの目は鋭く冷めていて、茶化してはいるものの、カノの一件で彼女の内側に怒りがチリチリと内燃しているのは明らかだった。だからここで流石にツッコミを入れる『メカクシ団』はいない。

「あなたも充分に恥ずかしいと想うけれど?」

 ここで空気を読めないのは対人スキルが皆無のアウロラくらいのものだった。

「『わたしは――私が、皆のことを守るんだからっ!』 ……だっけ?」

 にたりと厭な笑みを浮かべるアウロラは完全に精神の均衡を取り戻しているみたいにも見えた。カノに能力を行使して、その人生の『悲劇』を充分に堪能し尽くしたからだろうか。

「お、お前、それは言うなよっ!」

 ほとんどの『メカクシ団』はキドのその台詞を聞いてすらいなかったので、一様に『?』マークを頭の上に浮かべていたけれども、対ヘッドノック戦でのその言葉は、彼女の仲間への深い依存心を伴う関係性への渇望を端的に現しているようで、彼女にとってはこれ以上ないくらい恥ずかしい台詞だったのだ。

 それにしても、とキドは想う。アウロラがカノに行使したあのオーロラ、あれの原理も分からないし、どんな風に名称付けたらいいのかすら想い浮かばないが、『あの目』や『コノハ』が『可能性世界』でやってみせたような『可能性の操作』とはまた次元が違う能力に想えた。

 『あの目』の『可能性改変』は宙に銃を出現させるとか、空からトラックを墜落させるとか、とんでもない『可能性』を出現させはするものの、それは一時的に働く今だけを変える強力な『魔法』でしかなく、『運命』までいじることは出来てなかった。

 アウロラの能力により浮かんだ『平行世界』的なものは、一時的にではなく『世界』そのものが創り変えられていた。つまり、あれこそがアウロラの能力――彼女が『普段から』やっている能力行使そのものなのだ。

 そう考えるとなかなかゾッとしないものがあるが……。

 しかし、今は恐れ慄いている場合ではないのだった。これまでの全ての材料を使って、アウロラに俺たちの『運命』を変えることを頷かせなければならない。

「アウロラ、それでどうだった? これまでの全ての『問いかけ』について、お前はどう感じた?」

「最後は不愉快だったけど、まあ楽しめたかしら?」

 どこか不機嫌そうなアウロラにキドは威勢よく吹っかけた。

「最後は不愉快だった? それは違うと俺は想うけどな……」

「いいえ、不愉快だったわ」

「その感情の揺らぎは、独りだったら、絶対に味わえなかったんじゃないか? 人間に対して、全力で激怒して、能力を行使までしてしまう機会なんて、1人じゃあ絶対味わえなかっただろう?」

「ぜ、全然本気の怒りなんて抱いていないし……」

「まあ、それは置いておくとしても、そろそろ交渉の時間ってヤツだ」

「そうしましょうか」

「ヒビヤは『陽炎ループ』という『悲劇』と共にヒヨリとの日常という『希望』があったということから、『時限爆弾において全滅』という『メカクシ団』の『悲劇』に対になるようにして、あるのは『アウロラとの出会い』という『希望』なんじゃないか、とそんな風に類推した。

 ジャンはお前も『物語』みたいなある流れにいるという風に仮定して、この場面を必ず『希望』にしてみせると宣言した。

 だけど、1番重要なのは、コノハとのやり取りだ」

「……へぇえ?」

「お前はコノハとのやり取りで、自ら言質を取られてしまっている――自ら、これからの言動に伏線を張ってしまっている。勿論、お前がお前の主義主張を裏切る、一貫性がない存在だということを更に露呈したいならそれで構わないが――。

 お前は言ったはずだ。『自分に好ましい悲劇が溢れるように、うまく滅ぼさないようにして、世界を存続させてきた。そういう意味では確かに、自分が世界を救ってないとも言えない――滅ぼさないという意味合いにおいて』。確かこんな感じの台詞だった」

「それで、それがどうしたの? 『メカクシ団』は『世界』よりずっとちっぽけじゃないの」

「いや逆だろう、アウロラ。お前に舌戦だけで能力行使をさせてしまうような、お前に読み切れない『メカクシ団』なんて面白いものを、世界よりもちっぽけで救うのなんて簡単な俺たちを、お前がここで潰えさせるメリットがどこにある――?

 換言しよう、アウロラ。

 これからお前にもっと面白いものも見せてやる。俺たちが『悲劇』なんて散々に掻き乱してやる。絶対、お前好みになんてさせてやるものか。

 だから、お前はもっと面白い混沌を見る為に、俺たちの『運命』を救ってみせろよ。

 『世界』を救ったように――俺たち『メカクシ団』を救え」

「お願いなのに命令口調とか……まあ、そこは私の性格が読まれてるっていうのは認めざるを得ないわ。これで白いもこ髪童女が言ったみたいに土下座でもされたら、速攻で興味を失って、現実に送り返していたからかもしれないし……」

「それで答えは?」

「――まあいいでしょう」

 その言い方がイヤに素っ気ないことが、キドには気にかかった。

「何故、そんなにあっさり受諾するんだ? 流石にもう一悶着くらいはあるかと想っていたんだが……」

「私は、私はね? 団長さん。実はあなた達の想っているよりもずうっと気が短いの。刹那的なの。長いスパンで勿論『運命』は運搬していかなくちゃいけないけど、でもそんなの普段からやってるから飽き飽きで、インスタントな悲劇も最近結構お好みなの」

 3分間の話し合い時間や、コノハのアウロラは観劇者のようなものだから、絶対に飽きさせてはいけないという読み。そこから繋がるアウロラの短絡さ。いやしかしこれは……俺たちは重大な見落としをしてしまっていたのではないか? キドはそう想うが、もう遅い。

「確かにあなた達を救えば、これから面白いものが見れるかもしれないけど、そっちは不確定なオマケみたいなもの。もう、すぐに私はおいしい『悲劇』にありつけるんだから。

 中途から、もうあなた達の『運命』を変えるのは決まっていたようなものだった。私に必死に論戦を繰り広げる中で、どうしようもなく深まっていく仲間の『絆』――美しかったわ。それが全て無に帰すと想像するだけで、私はゾクゾクさせられた。

 確かに、私はあなた達に論戦の中で圧倒される部分はあったかもしれない。でもいいのよ。

 それはこれから完全に取り返させてもらうんだからね」

「……クソッ」

 キドは自分でもどうしてそうしたかは分からない。倒れていたカノに駆け寄っていた。他の『メカクシ団』もそのように動けないカノの周りに集っていた。しかし、この『記憶』も結局は――。

 それでも『メカクシ団』はお互いに円陣を組むようにして、歪な形で皆と触れ合った。そうせずにはいられなかった。きっと単純に、その『可能性』に気付いた恐怖に耐えられなかったからだ。

「『運命』が書き換えられるということは――それまでのすべての『記憶』『経験』『関係性』等も全て喪われるということよ。

 あなた達が論戦に長けていたように、私は『運命』の扱いに長けていた。

 あなた達だって漠然と『運命』が変わるということがどういうことかは分かっていた……でも実感してはいなかったんじゃないかしら?

 これまであった全ては消え去り、次の自分は元の自分とはまるで違うかもしれない『可能性』――隣の誰かと次の自分は本当に笑い合えるんだろうか? 恐怖よね。

 あの私を嘘吐き呼ばわりした彼のおかげで、私に『運命』を弄られるというのはどういうことなのか、あなたたちは実際に目撃してしまったばかりなんだから。

 それじゃあ、さようなら――今回は私の『勝利』ね」

 『メカクシ団』は最後の瞬間、お互いの服を強く握りしめ、もうどうしようもない『運命』に為す術もなくて、

(俺は……お前たちとここまで来れて、幸せだった)

 キドが辛うじて絞り出したのはそんなありきたりな一言だった。

 次の瞬間、視界に映る世界もアウロラも仲間も消えて、服を掴む感触も消えた。『メカクシ団』の感覚も、その存在も、深い闇の中に消え去った。