第52話。『私怨』と『正義感』。
「それじゃあ、次は俺が出てやりますかね……」
そう名乗り出て、前に歩み出したのはトガだ。キドには、『重役出勤だ、やれやれ』といった感じのいかにも冗談めかした言い方とは裏腹に、トガの瞳がドロリとその奥を覗かせないくらいに、濁っているように見えた。
「『運命』を操っている。『悲劇』の理由は全て私のせいだ――なんて言うからさ、やっぱりその時点で、ちょっと何かもう自分の中に何か溜まっていくみたいな衝動があった訳だけどさ。
さっきのジャンとのやり取りは決定的だったな。
人の性質に予め影響を与えることによって、自分好みの『運命』に人を引き寄せ、それによって『悲劇』を起こす――。
会った瞬間の自己紹介から、お前が元凶だなんてそんな『答え』は見えていたんだけどな。
俺はお前を許せそうもないよ。
カガリが死んだ遠因は――間違いなくお前にあるんだから」
「あらあら。それはもはや『問いかけ』というよりは糾弾ね」
「もう……そんな文脈通りに、セオリー通りにやる必要なんかないだろう。どうせ、団長を除いてあと3人だけなんだ」
コノハは若干はらはらしたが、しかしトガの言う通り、もう残り人数は少なくなってきている。それに、どちらにせよアウロラの興味を惹き付けるという目的の上に、極めて短時間で立案した作戦だ。少しくらいのイレギュラーが紛れ込むことは、むしろ良いことなのかもしれない。
「それで? 弁明はあるのか?」
「ひたすらに偉そうね……。けれど、その前に1つ確認しておきたいのだけれど、さっきのジャンと同様に、あなたも、人間という物を軽視し過ぎていないかしら? いくら最初の性格形成で、私の介入があり、歪められてしまったとしても、しかし、その後の人生はその人間のものじゃないの?」
「いや……いや、違う。お前のせいで、カガリは死んだんだ……お前は遠因どころか、直接的要因まで作ったんじゃないか? カガリに死の発想を吹き込んだのは、そもそもお前の思惑なんじゃないか? だから、『カガリの自殺』という『悲劇』が完成した――」
「母親に見捨てられた、天才って人生な割には、随分とお粗末な見立てね。
あなただって、本当は分かってるんでしょう? 確かにカガリの人生がうまく行かなかったのは私が与えた『性質』のせいかもしれない。けれど、私はカガリに『性質』を与えた以降は関わっていない。
だから純粋に、彼女を追い詰めたのは周囲のいじめだし、自殺するまで手を差し伸べられなかったあなたなのよ?
見苦しい『責任転嫁』……」
息を詰まらせるトガの手元の携帯端末から、
「トガの言っていることは間違っていない!」
芯のある力強い声で叫んだのはエネだった。
「あら? 今回も2人がペアでお相手してくれるのかしらね?」
「そんなことはどうでもいいよ! 今の発言は……意図的に歪められている」
「あらぁ、どうしてぇ? 私は事実しか言ってない」
わざと間延びした声で言うアウロラに、エネは嫌悪感を隠さない声で返す。
「たとえ、そのカガリさんって人が、報われない人生の中で追い詰められたんだとしても――その『原因』を作ったのは間違いなくあなただし、『悲劇』を嗜好しているそんな存在が『神様』だなんて、あってはならないことだと想う。
あなたが『悪』である限り、あなたは存在するべきなんかじゃない」
「――あっははは! ついに私の存在否定まで飛び出してきた訳ね。だけど、何回も言うけど、それは『問いかけ』なの?」
「トガも言ってたでしょ? もうどうせ終わるんだから、そんな『前提条件』なんてもうどうでもいい。これは『ルール無用』の言葉による『殴り合い』」
「ふうん……だけどね、『正義』は必ず勝つみたいなお題目、本当だなんて信じない方がいいわよ? だって現に、私はあなた達より力は持ってるじゃない」
「力だけはね」
「なんですって?」
「『悪』が潰えるのは『正義』が直接手を下すからだけって訳じゃない。『悪』の方が勝手に潰えるから。間違っているからこそ――自分でその自責に耐えられなくなって潰れるの。この世界は本当は、正しい物が勝つように出来てるの。正しい方だけが、最後に笑い合える。
結局、アウロラ、あなたに残ってるのなんか寂しい最期だけよ」
「人間ごときに……何故私の生涯を規定する権利があるというの?!」
「……でも、今なら変われるよ?」
エネの言葉は静かで真摯で、彼女は本気で言っているようにしか聞こえなかった。あるいは、彼女は本当に本気で――この言葉を吐いたんだろう。
「アウロラ。もう悪行はやめればいいよ。私たちを助けて、これからは世界を良くする為に頑張ればいい。正しいことは、自分1人の孤独を深めない。皆と繋がっていける考え方なんだから。
だから、もうあなたみたいな悲しい在り方は、終わらせてしまえばいいんだよ」
完全に憐れむみたいな視線さえも浴びせかけられて――エネの言葉はアウロラには今までで1番深い打撃だった。確かに『運命の女神』という厳然たる立ち位置は、アウロラの姿勢を傲慢な物には変える。だって実際に力があるんだから。しかし、アウロラはこれまで何度も『メカクシ団』団員に見抜かれてきたように、人間との対話という技術には秀でている訳ではない。短期間の論戦という括りで言えば――彼女は無敵なんかじゃなくて、むしろ弱い。
アウロラは顔を少しだけ紅潮させてから、意図的に無表情を作った。
「あなた達を助けるかどうかは、あくまで最後まで話を聞いてから、私が判断するって前提でしょ? 早く下がってもらえるかしら、お2人さん? それともこの瞬間に、『現実』に戻されたい?」
トガはそれを聞いて、静かに後退を始めたが、エネは未だにアウロラを睨み続けたままだった。