カゲプロ想像小説リライト。第51話。『運命』に縛られる『運命の女神』。 | 墜落症候群

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墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 第51話。『運命』に縛られる『運命の女神』。



「それじゃあ、次は僕が行かせてもらうよ」

 そんな言葉と共に前に出たのは、緑のツナギ風パーカーの長身の青年、ジャンだ。

「あらあら。白いもこ髪童女の時に食ってかかってきたから、その次くらいに出てくるかと想ったけど、やっと登場したのね」

「……まあね。マリーのことは大事に想ってるけど、この『展開』にはやっぱ話の運びっていうものもあるから」

「それで? あなたは一体、どんなトンデモを披露してくれるのかしら」

「アウロラ、お前は、自分の『運命』に縛られているだけなんじゃないのか?」

「――あっははは! 良くも人間というのは、そこまで相手の裏をかいて、人の立場を急落させるような発想がポンポンと出てくるものね!」

「まあそうだね。『発想力』って意味では、人間の方が『運命の女神』よりも勝ってるってことかな?」

「それは『現実』を彩る『悲劇』を私が創造しているっていう、その細やかな『世界支配能力』をちゃんと鑑みた上で言っているのかしら?」

 そこまで言われるとジャンも流石に返す言葉もない……という感じではあったので、敢えて無視するように言葉を返さず、自分の『問いかけ』の話をそのまま押し進めた。

「僕は子供の頃から、泣くことが出来ない子供だった。本当に生まれた時からそうだったらしいよ。何でかは自分も分からないし、周囲だって理由はさて置いて、そういうものだって扱っていたみたいなんだ。

 そのせいで、最初は持ち上げられたり、後になると気味悪がられたり色々迷惑なことも多かったけれど、僕は基本的に無関心だった。世界に対してまあそんなものだろう、っていう諦念を抱いていたんだろうね。

 でも、そんな僕を僕は積極的に選び取ったかと言えば、そうではない。そうであることが当たり前過ぎて、違う可能性に気付けなかったんだ。

 キドが来てくれて――『メカクシ団』と出会えて、僕は初めて泣くことが出来た。それからは、まるで世界が違ったみたいに、色々な物が新しく生まれ変わったように僕の目には映った。

 そして、マリーと会って(ここで優しい笑顔で彼はちらりと彼女を振り向いた。彼女は少しだけ顔を赤くして俯く)、僕は僕なんかよりもよっぽど苦しんで、孤独に生きてきた女の子の人生を知って、だからこそ、寄り添いたいと想った。助けるんじゃなくて、一緒に色々と時間を積み重ねて、共に乗り越えていけたらな、って」

「それでその長い自分語りには何の意味があるの?」

「そのように人間は自分の人生の中で、自分を再度発見し、生来からの性格はその人の基本にはなるかもしれないけど、ずっとそのままなんてありえない。

 しかし、アウロラ、君はずっとずっと独りぼっちだった。君には誰かとの関わりというものが皆無だった。だとしたら、君はずっと生まれた時に与えられた性格に縛られ続けたままなんじゃないか? 『運命』と呼べるかもしれない何かに、ずっと衝き動かされているままなんじゃないか?」

「なるほど、そこまで言われてみれば、確かにそれは『問いかけ』として機能しているかもしれないわね」

「……そうだろう?」

「しかし、それはまたもや、人間が私に対する当然の無知を露呈したに過ぎない格好になるわ。

 いいえ。あなたの質問にはかなり基本的な部品が欠損している。

 人間にだって同じことが言える――人は独りだったら、本当に何の成長もしない生き物なのかしら?」

「それは……」

 ジャンは言葉に詰まる。そこは確かに自分でも考えなくもなかった脆弱性だ。自分の人生に対しては確かに他の仲間との出会いにより、人生がドラマティックに変わっていくという前提を提示できるが、しかし、他の人間が自分の内面を見つめて、自分1人でも変わろうとする努力をジャンは確かに否定できない。

「そして、私の話をしましょう。

 私は生まれた時は、ただ『運命』を傍観する権限を与えられただけの少女に過ぎなかった。ただぼうっと河のような『運命』の流れを見つめているだけだった。

 だけど、どれくらい時間が経ったか分からないある時、私はそれだけでは飽いたのよ。『運命』という河に色々な試行錯誤の中で変化を与えてみようとしてみた。それが出来るということに、私は気付いた。その時から、私は自身の姿を生まれた時の少女の姿から、自由に変化させることが出来るようにもなった。

 そして、そこからしばらく『運命』の河で遊んでいる時に気付いたのよ。その流れが絶妙なバランスで崩れる、私が心を動かされる波紋の形があることを――それを人間の言葉で言えば『悲劇』ということになるでしょうね。このように、私も自分が存在してきた中で、お前のように色々な大きな変化みたいなのを乗り越えて、今の私になったのよ。別に独りだからって、ずっとそのまま存続してきた訳じゃない」

 ジャンは口から出任せを言おうと試みた。彼は考えるのがそこまで得意とも言えなかったし、アウロラがどんな人生を生きてきたかは引き出せたとはいえ、ジャンの『問いかけ』自体がアウロラに切り込んだ傷自体は浅そうだった。

「その変化すらも『運命』に決められたものだとしたら?」

「逆に、あなたはこう考えないのかしら? 自分の『運命』を決めているのが、あなたの目の前にいるこの私であるという『可能性』を。

 そうよ、ジャン。あなたを泣かない赤子にしたのは、赤子であるあなたの耳元で囁いたのは、何を隠そうこの私」

 改めて告げられる事実に『メカクシ団』全体に緊張が走る。

 しかし、ジャンは斬られたような痛みを感じつつも、拙いなりに言葉を続ける。

「僕が言いたいのはそういうことじゃない。僕に対して、アウロラ、お前という『上位者』がいて、『運命の女神』にも『上位者』がいるっていう可能性の提示なんかじゃない」

「お前が、人間の現実に『悲劇』という物語を見出すというのなら――僕たちはお前と会ったこの場面そのものを、1つの『希望』としてみせる」

 それはヒビヤが示唆し、コノハが測らずも仕掛けることになった『伏線』にも通じる言葉だった。

「アウロラ、お前だって気付かない間に、『物語』みたいな1つの大きな流れに飲まれてるかもしれないってことだ」

「じゃあ、その流れとやらで私を飲み込めるように、精々頑張りなさい。

 もうそろそろ、『問いかけ』をする人員も減ってきたようだけど……。

 次は誰がお相手かしら?」

 アウロラは『メカクシ団』全体に向けて、冷たく微笑んだ。