第50話。『世界』に対する恋愛。
呆然と何かを考え込んでいる風な、コノハを心配そうに見やってから、次に歩み出たのは――Cだった。
「それじゃぁ、コノハさんからバッター代わりましてピンチヒッター的に私がお相手しますよ!」
「えぇ――さっきは、ちょっと消化不良だったから、今度は歯応えがあるのをよろしく」
Cはニヤリ笑いを抑えた。もう完全にこっちのペースにアウロラは巻き込まれている。『メカクシ団』全体の中では依然としてアウロラの警戒度が高いことは彼女も分かってはいた。しかしながら、Cにとってもうアウロラは構ってちゃんにしか見えないところもあった。確かに能力は素晴らしいだろう……しかし、会話スキルにおいて、相手を圧倒するテンションに至ることもあるCには分かったのだが、アウロラにはそういった技能は皆無に想える。確かに、『能力』を盾にして、強気にふるまっている。『運命の女神』という立場を利用し、意味深にふるまっても見せている。しかし、この人の本質は――子供だ。
だから、Cはアウロラと対話すること自体には、あまり恐れを抱いていなかった。
しかし、前にへと歩み出る間に、コノハに憂いを帯びた静かな声で、「それでも気を付けて……C」と声を掛けてもらうと、いきなりそんなに優しく言わないで~! とときめきを感じつつも、気を引き締めるのだった。
そう、Cだって『運命』みたいなものを感じて、コノハを助けにやってきたのだ。
やっぱり、私はコノハさんのことが――。
何を隠そう、彼女がこれから問いかけのテーマにしようとしているのは『恋愛感情』なのだった。
「それでは、これまでの流れですが、コノハさんが挙げたのはあなたが実は『世界を救っているのではないか』というものでした。『性善説』による悪意への懐疑」
「それに対して、私は、私ができる範囲において、確実に悪意を与えていることと、もしかしたら世界を数度滅ぼしていることを示した」
「ええ。それを踏まえて言うんですけど、あなたってやっぱり、人類を愛しているんじゃないですか?」
あまりにも唐突にあっさりと問いかけが提示された為に、アウロラはむしろうろたえた。
「――は?」
「いやだから、言うじゃないですか? ちっちゃい男の子が、好きな子には意地悪しちゃうとかですね。獅子は千尋の谷に子を突き落とすのだ~とかね?
つまりそういった、好意が、愛が、あくまでマイナス方向の感情や、ある種の厳しさとして、現れることはありえると、私は言っているのです」
「い、いやちょっと待って、そもそも例に挙げられている2つの意味がかなり離れているのだけれど――」
「そうですか?」
本気で首を傾げているCに、アウロラも流石に想った。この娘――バカだ。
やたら勢いのある、理屈の通じるバカというのは、ある意味で1番厄介な相手だ。自己反省がなく、自分の言うことが相手にも通じると信じて疑わない。
「それでは言うけど。
私の悲劇への嗜好というのは、何も人類に対しての物という訳ではないのよ。
例え、自然に発生する事象であっても――そこに悲劇性があれば、私はそこに愉しみを見出す」
「じゃあ人類という枠を外しましょう。あなたは、世界そのものを愛してしまっているのではないですか?」
このバカ……話が通じない……という顔をしているな、とCはアウロラを見て想った。だとしたら作戦通りだと言える。まあ素の部分もあるけれど、コノハに気を付けろとまで言われたのだから、Cも1番相手に立ち向かいやすいスタイルで行くのは当然のことだ。
アウロラは少し立ち眩んだかのように顔に手を2、3秒置き、軽く足膝から力を抜いて、脱力したような姿勢でいたけれども、しかし、アウロラに打撃を与えたとはまだ言えない。顔を上げ、姿勢を正した彼女の眼光は凄惨なくらいに鋭い。
「それじゃあ、そろそろその前提である、私が、世界に対しても人類に対しても愛を抱いていないということの証明を行いましょうか」
流石のCもここでは少し気圧されたように応じた。
「――ええ」
「私にとって、世界も人類もブラウン管越しの向こう側なの。テレビの登場人物を好きになったり、嫌悪したり、感動したり、その悲劇を嗤ったり、楽しみ方は勿論、人間の世界においても人それぞれだろうけれど……1つだけ共通しているのは、テレビの向こう側の人間に、家族に対するような親密な感情を抱いたり、恋人に対する恋情を抱いたりそういうことはないだろう、ってことよ。仮に、そういう感情を抱いたとしても――ブラウン管を隔てている以上、それは一方的なものになってしまうでしょうね」
「なるほど。人類に片想いしていると」
「……違うわ」
失笑した風にアウロラは言った。
「私にとっては、ブラウン管越しに見ているということがより重要なの。
自分から遠く隔たれた世界のことだから、自分とはまったく関係のないことだから、積木くずしのお城みたいに簡単に崩せるし、その悲劇を嗤えるのよ。
そんなに遠く隔てられたものに、私は親愛も恋愛も愛情も抱けない」
「――そうですか。ああ~。私の手番も、これで終わりですかね」
「そういうことよ」
最後、Cはそれまでのテンションを潜ませて、ただ素っぽく呟いた。
「私だったら、そんなの寂しくて耐えられないけど。
例え、頭の中だけの妄想だとしても、身近に感じるからこそ、相手に必死に手を伸ばそうとするんじゃないんですか。
――あなたにはそういうの、なかったんですか?」
その時、アウロラの表情にも一瞬の空白が生じたのだった。しかし、彼女は何も言うことはなく、そのままCも一歩退いた。
こうしたCの手番は終わった――けれど、確実にアウロラは持ってないが、人間は持っているものを、彼女は『問いかけ』の展開の中で確かに示してみせたのだった。