カゲプロ想像小説リライト。第49話。『人類救済思想』。 | 墜落症候群

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墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 第49話。『人類救済思想』。



「次は、この私がお相手することにしよう」

 そのように言って、ヒビヤとヒヨリに替わって、前に進み出たのはコノハだった。

「あら。別に聞き耳を立てていた訳ではないのだけれど、先ほどの3分の『作戦タイム』の時に中心に立って話していたのはあなたよね? あなたが真打ちという訳ではないというのは意外だけれど、どんな問いかけを用意してくるかは楽しみにしてるわ」

「いやいや。私の問いかけはあまりにも突飛だから、そんな期待に応じられるかは分からないな。

 しかし、その突飛さ故に、アウロラ、この語り合いはここで終了するかもしれない。私の問いかけはそれくらいの驚きを、あなたに提供するかもしれない」

「やけに煽るのね。それで? ――あなたの問いかけは?」

「アウロラ――あなたこそが、人類を救済しているのではないか?」

 流石のアウロラも絶句した。真顔に戻り、コノハのことを見つめた。その後で哄笑が湧き上がるということも起こらなかった。静まり返ったその『運命の女神』の世界の中で、宙に浮いた巨大な壁掛け式の古時計が秒針を刻む音だけが響き、辛うじてまだ時が止まっていないことを教えていた。それくらいの静寂だった。

 アウロラは静かに言った。

「どうして、そんなに途方もない誤謬が、しかもこの作戦立案者のあなたから生まれてくるのかしら? 大前提としての私の『運命の女神』たる力を、あなたは疑っているとでも言うの?」

 その声は何の感情によるかは分からないものの、軽く震えてさえいた。アウロラは衝動的な感情に突き動かされて、突発的な行動を起こしかねないように見えた。

「それが信じられないというのなら、今、目の前にいるあなたの『運命』を過去の時間軸において書き換えて、この場にいないということにしてもいいのよ」

 とまで言った時には、後方の『メカクシ団』からもざわめきが起こったが、それを押し留めるように、コノハは左腕をビッと真横に伸ばした。

「まあまあ、落ち着いてくれよ。皆にしても、アウロラにしてもさ――。ちゃんと、これから、順を追って説明するから」

「そうね。どこからどう発想すれば、そんな荒唐無稽な論理の飛躍が起こり得るのか、ぜひ教えていただきたいものね」

 コノハは内心、何とか山を乗り越えた、という想いだった。あまりに衝撃的な仮定に、アウロラが激昂し、この筋書き自体が崩壊してしまう可能性もないではなかった。しかし、1番大きい山場はもう越えたはずだ。逆にこれくらいの衝撃を受け得る話題の展開するこの論戦に、これ以上ないくらいにアウロラの心を惹きつけることに成功したはずだ。

「まず、私は基本的に性善説を唱える人間だ。根っからの悪い奴はいないと想っているんだ。『白衣の科学者』は悲劇を好む集団だったけれど、彼らにだって何らかの理由があって、ああいう風になってしまったのかもしれないし、私には測り知れない行動原理があって、それ故にあんな行動を結果的に取らざるを得ないのかもしれない」

「『白衣の科学者』は純粋に悲劇を嗜好しているし、そしてその根本原因は私にある。

 そんな私が、どうしたら人類を救っているなんて説が出てくると言うの?」

「それはあくまで、アウロラ、あなたが捉えた世界の見方に過ぎないと想わないか? 私は私なりの見方を提示する」

「結局、その見方というのは、一体なんだって言う訳?」

「アウロラが、じゃあそれでは仮に悲劇の根本原因だとしてみよう。

 『運命』をいじり回し、人類に悲劇を与える、そんな存在だと仮定してみよう」

「それは仮定なんかじゃなくて真実よ!」

「――ああ、そうか。

 じゃあ、世界が滅んでないのは一体どうしてだい?」

「…………」

「悲劇を嗜好する奴が、『運命』の舵取りを握らされた。そんな世界に許されるのは、徹底的な崩壊、そして終焉に過ぎないのではないか?

 私が提示するのは、それが起こってないからこその『希望』って奴なんだ」

「…………」

「アウロラ、何を黙っているんだ?」

「……なるほどね。なるほどなるほど……そういう理屈ね。

 あれほどの問いかけをぶちまかしておいて、根拠となっているのはその程度なのね! 人間の浅慮では、結局そういうところまでしか到達できないってことなのね!」

「……どういうことだい?」

 と言いつつ、コノハは心の内側でニヤリと笑っている。――食いついた。『正解』を提示する必要なんてどこにもない。アウロラの心を囚えさえすれば、どのような話運びになっても『作戦』的には正しい。勿論、ここまで順当に『作戦』が進んでも、最終的に全ての『決定権』はアウロラの手の内にあるのだが――。

 それを想えば未だに一切の油断は禁物だ、とコノハは考える。

「そもそも、あなたは知らないんでしょうから、特別に教えてあげる。あなたは、『運命の女神』というものを完全に誤解している」

「まあそれは確かに。子供の頃に両親に常識として教えられることじゃないしね」

 コノハは自身の性格を押し殺して、今だけは悪役(ヒール)だって演じてみせる。アウロラを煽る。

「…………。

 ……まあいいわ。

 『運命』とは、そもそも、大河の流れのようなもの。私が人類の『運命』をちまちまと改変したところで、それは堰き止められるものではない。

 私がしているのは、その河に汚染物質を垂れ流したり、大量の石を投げ込み、河辺を削ることにより強引にルートを変えたりというその程度なのよ。
 
 私が何をしても、しなくても、『運命』は勝手に流れ続ける。

 私がしている行為は、ただ単に、人類に対して、悪戯に悲劇を与えることだけなのよ。まったき『悪』と言える。

 これでいいかしら?」

 畳みかけるような物言いにコノハは更に言葉を返す。これまでの展開から想っていたことだが、アウロラはずっと独りでいた為に、対人の会話スキルの舵取りはあまりうまいとは言えない。揺さぶれる時には、揺さぶっておくべきだろう。

「『運命の女神』を名乗る割には、出来るのは『運命』という河への悪戯レベルなのかい? あまり物々しい名前を名乗るべきじゃないな」

「……ねえ、本当にそんなことを口走るなら、ここでこの世界の『運命』を消し去ってしまおうかしら?

 あなたの発想は本質的に正しいわ。悲劇を嗜好する私が、世界を終わらせない訳がない――でも、だけれど、世界が終わってないなんてことが、どうして今のあなたに言い切れるというの?」

「……どういうことだ?!」

 初めてコノハの中にも動揺が生まれる。

「世界は実際に何度も滅んでいるのかもしれない。でもその度に、私がやり過ぎたなあ、と反省して、もっと沢山の悲劇でじんわりと人類を苦しめる為に、よりよい方向性を模索しているかもしれないでしょう? より、私好みの悲劇の為に、ただ世界は続いているのかもしれないのよ? その認識は私にしか出来ない――だからこその『運命の女神』という呼称よ」

「それじゃ、やはり、アウロラ、あなたが人類を存続させているとも言えるじゃないか……」

「ある意味ではね」

 もうアウロラに動揺は見られない……コノハの手番もこれで終わりだろう……いやしかし、だけれど……この言質を引き出したということは、アウロラにこれを言わせたということは『最後の展開』の『鍵』足りうるのではないか? コノハはその『発想』の『種子』が今、生まれたかもしれない『可能性』について、キドと共有を測った。

「私の手番も、これで終いにした方が良さそうだね」

 そんなことを言いながら、コノハは茫然と考えにふけりながら一歩後ろに退き――そして、次の手番が始まる。

「なんだか尻すぼみね……」

 アウロラはそんな言葉を残すが、彼女の気付かないところで、もっと大きな『展開』が、既に始まっている。