カゲプロ想像小説リライト。第40話。『ヒーローの条件』。 | 墜落症候群

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墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 第40話。『ヒーローの条件』。


 
「く……グ……がッ……」

 『あの目』は苦しそうに衝撃に呻きながらも、もし顔色が読めたとしたらきっと憤怒に染まっているだろうとヒビヤには想われた。

 確かに、最初駆け付けた時の『奇襲』的な攻撃は成功に終わったものの、そこからは一気に『メカクシ団』たちは劣勢に追い込まれた。

 『あの目』の周囲に、一気に『影』が湧き出す。

 その1つ1つがヒビヤとヒヨリを嘲笑い、夏の1日に閉じ込めた『陽炎』たちだ。もしかするとこの世界そのものが、『陽炎』で出来ているのかもしれない、と『影』に染まった町を想い出しヒヨリは想う。

 『陽炎』の軍勢の数には凄まじいものがあった。

 例えるならそれは、農作物を一気に食い荒らすという不吉な虫どもの嵐にも似た勢いで、数を想定することすら面倒になるような圧倒的な物量だった。それぞれにはあまり物理的な攻撃力は与えられていないようだったが、『陽炎』のように見えてもちゃんと人間らしき重みが与えられており、普通の男を倒すくらいの労力が必要となる。

 キドはそれでも凄まじい勢いで『陽炎』どもを格闘技で殴り、蹴り飛ばし、投げ飛ばして同士討ち気味に消失させる。

 カノやマリーの視覚系の能力も『陽炎』には効果があるようで(どこに目が付いているかは不明なものの)『トリックアート』による、立ち位置誤認による不意打ちと、『石化』による動作停止も『陽炎』の数を減らすことには成功している。

 ジャンも3人ほど勢いはないものの、自己流で編み出した(のかどうかもわからないくらい破天荒な)田舎流格闘術みたいなもので、奔放に動きまわり『陽炎』を蹴散らしている。

 しかし、『陽炎』は『あの目』から無限みたいに染み出して、その様は悪夢でしかなかった。

 『メカクシ団』及びヒビヤとヒヨリは徐々に周りに円状の囲いを作られるみたいに『影』の軍勢に囲まれていった。

 そんな『影』の1人の手がヒヨリへと伸ばされ、彼女が身を固くした時、それを遮るように長身の白髪の青年が現れた。

 彼が触れると『陽炎』は跡形もなく消失した。

 彼――コノハは自分が能力を発動する動作を想い悩むみたいにしばし首を傾げていたが、仕方なしに手をパチンと1回打ち合わせた。

 あれほど手強かった『陽炎』たちはその柏手1つで丸ごと消失していた。

「今度こそ、誰も終わらせたりはしないから」

 決意に込められた静かな呟きを聞きながら、

「やれやれ。ヒーローは遅れて登場するってか?」

 聞こえないくらいの小さな揶揄をキドはぼやいた。

「さあ。『あの目』。そろそろ決着を付けようか」

「そうか、そうか。お前がバイスの『隠し球』って訳か。

 厭な手を隠してやがったもんだな。

 本当に呆れるようなような奴だ。これだから小細工を効かせてくる『科学者』連中は信用ならない。

 ――だけど、まあ、少し遅かったな。

 手筈は整った」

 キドの脳内に、エネからの悲鳴とも付かない声が響き渡る。

「だ、ダメッ……もうちょっとなのに、ッ、きゃあああああぁああ……!」

「エネ、どうしたんだ?! エネ!」

 キドは必死に呼びかけるが、それきり、エネの返答はない。



 やっぱり団長たちには伝えるべきだったんじゃないか? 危機的状況下でもそんな仮定を浮かべてしまう自分自身にトガは歯噛みをした。

 携帯端末の中のエネは、今、完全に黒く染まり、『可能性世界』を保つ為の『電子的フィールド』の管理権限を放棄させられたどころか、自我すらも乗っ取られるような状態になってしまっていた。

 トガはもうなりふり構わず、モニタとエネの携帯端末の接続を切断するよりなかった。

「エネ……答えろ! くたばるなよ……こんなところで!」

 必死に呼びかけながら、エネの『電脳体』の復旧を試みる。

 キドたちがいるはずの『電子的フィールド』を睨みながら、もはやトガにできるのはいよいよ信じることしかない。



「なかなか優秀なハッカーをお持ちのようだが、もうくたばったかもしれないなあ?」

 その一言ですべてを了解したキドは仲間を失う恐怖に一瞬顔色を青くしたが、何とか踏みとどまった。エネのことは一緒にいるトガに託すしかない。

 そうして、『あの目』は宣言するように言う。

「もうお前らに俺を止める術はない」