第39話。『正義の味方』。
ヒビヤはコノハが自分の運命を変えた瞬間、自分のやるべきことを理解した。
コノハによって、確かに自分の精神の終わりは――ヒビヤ自身の自覚していなかった1つの死は回避された。
しかし、運命は全て変わった訳ではない。
取り残されてしまった、ヒビヤにとっては誰よりも大切な彼女のことを、彼は助け出さないといけない。
そうして、気付けば彼は闇を目の前にしていて、その闇を打ち破り、ヒヨリの手を引いていた『影』を殴り飛ばし、そしてヒヨリに手を差し伸ばしていたのだった。
ヒビヤにはその裏にある理屈の流れ等、理解出来ていなかったし、はっきり言ってどうでも良かった。
――そう。大事なのは今、ヒビヤの手をヒヨリが握っているということ。そして確かに彼女が隣に存在するというその事実だけだ。
ヒヨリが『暗闇』から解放されたことでいよいよ運命は何か決定的な変化を見せたらしかった。
ヒビヤとヒヨリは元の町中の、2人がもう飽きるほどに見慣れたいつもの公園に立っていた。
そして、十数歩分離れた位置に『あの目』が何よりも暗い色彩に塗られたその身体を晒し、赤い目を怒らせていた。
「結局何が起こっているの?」
「俺にも詳しいことはわからない。とにかく、白い髪の男の人が助けてくれたんだ。それから、必死にヒヨリのことも助けなくちゃと足掻いた。
そうしたらここにいる」
「お前らは俺を不愉快にさせる才能を持っているらしいな」
「ふざけないで!」
とヒヨリが反射的に叫ぶと、
「唯々諾々と俺の言うことに従うお前はまだ可愛げあった」
と『あの目』は応え、彼女は嫌悪感にその身を震わせた。
「一時的に状況を打破しても、何故無駄だと分からない?」
そうは言ってはいるが、『あの目』も生じたイレギュラーに不快感を煽られ、少しばかりでも焦っているのは事実のようだった。
「まあいい……」
『あの目』は飽きたように、手首を軽く持ち上げ、何かを投げるような動作をした。
ヒビヤとヒヨリの真上に鋭く尖った鉄柱が出現し、それが彼らを串刺しにしようと一直線に降りてくる。
そして。
――そして、それは彼らの左方1、2メートルの地点に突き刺さった。
「何っ?!」
「やれやれ、どこに目を付けているのかな?」
小馬鹿にしたような声がどこからか聞こえてきて、気が付けば、その鉄柱に手を付く、黒字にフードの縁部分に丸い模様のあるパーカーを着た、茶髪の青年が存在した。
カノが『トリックアート』により、『あの目』から見たヒビヤとヒヨリの位置をずらしたのだ。
『あの目』はすぐさま正体不明のその猫目の茶髪を黙らせようとしたが、『可能性』を『創造』する為の彼の手は振り上げられたままで静止した。
「あなたのことが可哀想とは私にも想えません」
今度はいつの間にか、ヒビヤヒヨリの右の方に2人立っていた。
珍しく毅然とした調子で告げるのは白いふわふわとした髪を持った小柄な少女――マリーだ。
その肩には、長身の緑のパーカーを着た青年、ジャンが手を置いている。『アシスト』の1つの側面、『網』(ネット)は能力の効果を弱める代わりに拡散させる。
今回はマリーの『石化』が拡散され、例え目が合わない状態でも、相手がマリーの姿を視界に捉えていれば、動きを鈍らせる程度の効果を獲得させていた。
そして、その程度の隙でも彼女には充分過ぎた。
豹のように身を低く疾駆するのは、緑の緑長髪をグレーのパーカーに収めたキドだ。
彼女は溜めのように『あの目』に到達する直前で更に体勢を低くすると、渾身の勢いでバネを利用した跳躍気味の飛び膝蹴りを『あの目』に見舞う。
顎に直撃したそれは『あの目』の脳味噌を揺らし、そのままブランコの柵までぶっ飛ばし叩きつけた。
「まあ、まずは先手必勝って奴だ」
「あ、あなたたちは誰なんですか?」
「そうだな……。
なかなかこういうことを真顔で言うのは恥ずかしいんだが――まあ、『正義の味方』のようなものだよ」
クールなニヤリとした笑いを浮かべながら、キドは冗談みたいに言った。