イエスがどれほど私を愛してくれているか
視点はそこだけ。
行いとか、どれだけ祈ったかとか
ではなく
イエスがどれだけ私のことを愛してくれているかに
視点を定める。
神は愛
と聖書でよく言われるが
ポイントはここである。
ここがぶれなければ
イエスが愛してくれたから
私も愛そう
イエスが許してくれたから
私も許そう
と自然と行える。
私が頑張って出した愛ではない
神様から受けた愛。与えられた愛。
本来祈りとは
その愛を確認する行為ではないかと思う
日常で過ごしていると
ついつい見落としてしまうが
私たちが想像を超えた深い愛で
包まれていることを祈りによって再認識すれば
また人にやさしくなれると思う。
難しい理論は要らない。
神様が私たちをどれだけ愛し
何をしてくれたかがわかれば
どれほど深く愛してくれているかが
おのずとわかる。
もはやその愛は疑えないほど強いもの。。