父が家を出て行き、愛人の元で暮らすようになったこと。
仁の子供たちにとって、それはどのような変化をもたらしたのだろう。
長男ヒロトは、仁に対して反抗的だった。
いずれは仁の会社を継ぐためにと理系の大学へは進んだものの
その意思は、父の不倫によっていとも簡単に崩れ去った。
彼はそのまま大学のあった地方の中小企業に就職し
その会社で知り合った女性と家庭を持ち
実家に戻る気がないことを宣言した。
彼は親のもめごとを目の当たりにしたくないのか帰省すらもしなかった。
カオリは、有名女子大を卒業後
大企業への就職が決まり、上京することになった。
カオリは兄の知らんぷりとは対照的に
父母の仲をなんとか戻そうと手を尽くし
孤独な母を心配してしょっちゅう実家に足を運んでいた。
カオリが実家に来ているという日は
直接カオリから仁に連絡があり、彼は本妻の元へ向かった。
仁は顔を緩ませて雪枝の作った食事に舌鼓を打った。
「かあさんの作る料理は、世界で一番だな。」
愛人の家に自分の住民票があることも
忘れてしまっているかのような、なつかしい家族団欒。
その平和な時間に、カオリは両親の復縁を期待したが
一方で自分が席を外したり
夫婦だけになってしまうと途端に二人の顔は険しくなり
他人より遠い他人に戻るという現実も知っていた。
子供たちの結婚式に片親では出ない・・・
その暗黙の了解とも言える離婚の時期を、カオリは感づいていたのか
早々と結婚をし実家にはもう戻らないと決めた兄とは反対に
結婚は一生しないと仁と雪枝に言い切った。
仕事に生きがいを感じ始めた社会人になりたての娘のたわごとと
仁と雪枝は笑って聞き流していたが
それは、笑えない現実となる。
結婚しないのではなくて
彼女は結婚出来なかったのだ。
何の因果か、これこそを因果応報と呼ぶべきものか
カオリは、就職先の大企業の上司、妻子あるエリートサラリーマンと
深い仲になっていた。
雪枝は、自分の憎むべき愛人の立場となった娘の応援をするわけにもいかず
意外と心神深い仁は
これは自分にかけられた呪いだと、愛娘を哀れんだ。
こじれにこじれた運命の糸は
もう誰の手によってもほどくことが出来なくなっていた。