或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~ -30ページ目

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

仁が家庭を捨て、愛人の家に転がりこんできた日から千代親子の地獄は始まった。

仁の機嫌を伺い、暴力に怯えて暮らす日々。

「仁の幸せは、千代の幸せであり、ひいてはALI自身の幸せになる」

しかし逆に、「ALIの幸せは千代の幸せであり、よって仁も幸せである」

という図式は成り立たない非常にアンバランスな虚像の家族を演じるのは

思春期に入ったALIにはとても不可解に思えてくるのだった。

早く帰ってくるな、と言われれば公園で暗くなるまで待ち

早く帰ってこい、と言われれば部活を切り上げてでも帰る。

笑えと言われれば笑い、笑うなと言われれば大真面目な表情を作る。

ALIは、仁の気持ち次第でどうにでもなるペットかもしくはそれ以下の扱いであった。

同居し始めてからの仁は

今まで無関心だったはずのALIの交友関係についても口を出すようになった。

親の職業や、経済状況、兄弟の学歴などを聞き

仁が認めた子だけはALIの家に友人として出入りできたが

どんなに心優しく、ALIが大事な友達だと思っていても

仁が認めない子は平気でうちの娘と付き合うなと断ったりした。

勉強についても、常に仁の実の子供たちと比較され

成績表を見るたびあざ笑うような仁を見て

今まで学歴なんて関係ない大切なのは心だと

教育してきた千代までもが勉強しろと口うるさく言い出した。

それがALIのためになるのだからと。

結局、学歴のないせいで仁に対しひけめを感じていた千代は

娘の成績次第で自分の評価までもが上がると期待していたのかもしれないが

彼らの学歴に対する異常なまでの価値観は

ALIには「低学歴の人間はクズ」という無駄なコンプレックスを植えつけただけに過ぎなかった。




理不尽な暴力と、突如父親面してずかずかと生活に踏み込んできた仁。

仁に感化され、学歴主義に開眼した千代。

ALIは反抗心と、養われているという弱い立場の自分を行ったり来たりして苦しんだが

ある日、その苦悩から自分を解くひとつの鍵を見出した。

彼らのことを大人になるまで過ごすただの同居人と思い込み、そこには何の感情も抱かない。

彼らは彼ら、自分は自分。

そうして切り離して考えることで、親に甘えたい感情、理想の両親像を心の底に封印したのだ。

仁を割り切ると同時に、今まで愛してやまなかった千代への愛情は憎しみに変わった。

―――あの人は、男の言いなり。結局、ALIの事など守ってはくれない。

そう思えば、なぜだか気持ちが楽になった。

旅行に行くと言っても、寂しさどころか清清するとさえ思えるようになったし

仁の機嫌が悪く暴力を振るわれたあとでさえ

もう自分が悪い子だから愛されないのだと涙を流す必要もなくなった。





そして、ALIは笑顔を捨てた。

反抗心を言葉として表せなかったALIの唯一の反抗。





ALIは喜怒哀楽全ての感情を、彼らとは共有しないと固く心に誓ったのだった。

あじさい