千代は、子供を抱え行く当てもない娘と
その娘を惑わした再婚相手トムにひどい憤りを感じたが
やはり母親というのは困っている子供に自業自得よ、などと言って見捨てることはしないのだ。
家賃目的で手に入れた千代名義の古い貸家に
当時ちょうど入居者がいなかったこともあって
そこをせっせと掃除して布団やらファンヒーターやらを運び
家財道具から食器に至るまで不自由のないよう用意してやった。
エリー一家が空港に降り立ったのは、真冬の寒い日だった。
初めて見る日本の風景にエリーの子供たちは目を見張り
南米の暑い気候しか知らない幼い彼らは、ぶるぶると体を震わせていた。
父親は違えどその幼い姉妹は共通して栗毛がくるんとカールし
大きな茶色い瞳と長いまつげが印象的なエキゾチックな顔立ちをしていた。
千代は、会う前からトムに対しての印象が最悪で
顔を会わせたその瞬間からトムにはあからさまにつっけんどんな態度を取った。
おかしいのは、なぜか仁もそれに便乗し
妻子を捨てて子持ちの女と結婚するなんて気ちがいだとトムを笑ったこと。
まるで、誰かさんと同じじゃない。ALIは冷静にその時、仁を軽蔑した。
別にトムの肩を持つ気はなかったが
あまりにひどい言われようなのでエリーを気の毒に思ったくらいだ。
確かにトムは、想像以上の気ちがいぶりで
仕事も決まらないうちから車がないと仕事が探せないんだとエリーを泣き落とし
千代は仕方なく彼の車の代金を払ってやった。
彼が欲しがった車はどれも
身の丈にあわない高級車ばかりでそれも千代をイライラさせる原因だった。
「あんな男と別れなさい!!!」
「ママにはいくら言ってもトムの良さがわからないのよ!!
だいたいわかろうともしていないじゃないっ!!!」
千代は口を開けばそう言って、しょっちゅうエリーを泣かせていた。
二人がケンカしている間
エリーの子供たち、ALIにとっては姪っ子たちはびくびくしながら
ALIの部屋でエリーの泣き叫ぶ声にじっと聞き耳を立てていた。
まだ日本語もロクに話せない姪っ子と会話をするのは、至難の業だ。
「心配しないで、ダイジョウブ」
ジェスチャーで不安がる彼らに伝えるのがALIにできる唯一のことだった。
結局、千代とエリーはトムに関して分かり合えることはなく
半年後、遠く離れた春日の家に引っ越した。
次女のサリーが結婚することになり、実家が空いたせいだ。
自殺未遂のあと、サリーは定時制高校を4年かけて卒業し
ヘルニアを患っていたことから美容師をやめて
一般の企業にOLとして就職した。夫とはそこで出会ったのだ。
サリーの夫は
極端に笑顔が少なく淡々とただ生真面目に仕事をこなすサリーが気になって仕方なかった
と恋の始まりを語ってくれた。彼女の笑う顔を見てみたかったんだ、と。
サリーは長く孤独に過ごした実家を後に
良い伴侶を得て、新たな土地で新婚生活を送ることになった。
そのタイミングに目をつけたのが、エリーだ。
エリーは父親のひどい女性遍歴を知っていたし
自分たちの大事な実家に知らない女が出入りするのは我慢ならないと言って
トムと一緒に長女として春日家を守ります
そういう建前のもと、堂々と住む場所を確保した。
その頃、自衛隊である程度貯金ができた彼らの弟ナオは、カメラマンになるため渡米。
幼くて不幸だった子供たちは
まだ高校生だったALI以外もうすっかり大人と呼べる年齢に達し
それぞれに(それが正しい道かはさておき)
自分たちの選択のもと、手探りながらも歩きはじめた。
千代はそんな彼らを頼もしく思い、またそれと同時に不安げだ危なっかしいと思っても
もうそっと見守ることしか役目がないという現実を受け入れるしかなかった。