或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~ -18ページ目

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

仁が千代と同居し始めて2年ほど経過した頃に書かれた誓約書。

それに誓った5年という歳月

仁の本心が確実に離婚という決意を持っていたか定かではないが

仁にとっての5年間は

自分の身の回りを整理し、本妻に離婚の申し立てをするに

必要な期間であったことだけは確かだ。

日本の法律では、有責配偶者からの離婚を原則として認めてはいない。

原因を作った者勝ちの婚姻制度を認めれば、家庭を省みない者、暴力を振るう者

そういった身勝手な人間があふれかえり、家族という社会秩序が保たれないからだ。

不倫やDV、借金、セックスレス、離婚の原因を上げればキリがないが

そのたいがいは我慢しきれなくなった被害者側からの離婚請求から離婚に至るのであって

有責配偶者が離婚をしたい場合は

相当の別居期間が必要であるとか、未成年の子がいないなどの条件が必要となる。

あまりに別居期間が長ければ、裁判所も破綻主義を認め、離婚できる場合もある。


今の僕は離婚の調停さえ立てられない、別居期間があと5年は必要なんだ

仁はベッドでいつもそう千代に言い聞かせていた。





娘の不倫は水崎夫婦にとって予想外の出来事だった。

娘が不倫ではなく普通の恋愛を経てどこかふさわしい相手に嫁ぎ

結婚式さえ両親そろって出ることが出来れば

もしや雪枝の方から夫を見切っていたかもしれない。

カオリの不倫も

仁と千代の同居生活が長引けば長引くほど並行するかのように泥沼化し

まったく先が見えなかった。

カオリの相手は妻とは長く別居状態にある既婚者だったが、それは単なる別居ではなく

相手の奥さんは現代の医学では治せない病で長期入院を余儀なくされていた。

闘病中の妻に離婚を切り出せるわけはなく

カオリはただ愛する彼の、妻の死を待っていなければならなかった。

そんな事情を仁から聞かされていた千代に

「カオリが結婚するまで」という期限はもはや切り札には使えず


     

      「あなた達夫婦が、きちんと離婚してカオリの手本になったらいいじゃないの!

       それが出来ないなら、雪枝さんのところに帰ってください。」




千代はそんな事までを口走るようになっていた。

事実、千代は仁と住み始めてから

何度か本妻に電話をかけ彼女の本心を尋ねたことがあった。


     
       「こちらに来た経緯はよく聞いておりません、ただ追い出されたとそう言うのです。

        彼はとても苦しんでいる。私を選びたくて来たのではありません。

        彼の性格を考えれば自分から戻るという事は出来ないでしょう。

        もし互いに離婚しないでやり直すという想いがあるのなら

        どうか雪枝さんの方から彼がそちらへ戻りやすいよう配慮して頂けませんか?」





愛人と本妻の電話は数回に及ぶ。

それもこれも仁がふたりの女性と何も大事なことを話し合わずに逃げたことによる当然の結果だった。

ドラマのような罵りあいは、千代と雪枝の電話にはすでにない。

発覚当時ならまだしも、ただずるずると流れた歳月は

彼女達が互いの存在をいて当たり前のもの、と認識させてしまったのだ。



               「彼とは何度か役場に離婚届を取りに行きました。

                何度書いても、雪枝さんが破いてしまうとそう言います。

                本当に離婚したくないのであれば

                彼に戻ってきてほしいとそう仰って頂けないでしょうか。」

                

                 

                

ただ冷静に雪枝は愛人の電話にこう答えた。


          

                 「戻ってきてもらっても困ります。

                   あなた達は好きに生きたらいい。

                    ただし、籍は抜きませんから。」

        

その当然とも言える雪枝の決意を千代から聞いた仁は、困りきった顔で言った。



       「俺はどうすればいいんだろう・・・」         



離婚しないのなら雪枝に謝罪し本宅へ戻る

離婚するのなら千代と一生を供にする。

仁に選択できる道はそのふたつだけだったが、そこには抜け道が存在した。

<有責配偶者からの離婚請求には相当の別居期間が必要>

という条件。

仁はそれを盾に、うるさい愛人を黙らせ、本妻の出方を見つつ、自分の進む道を模索していた。

その中に明確な意思があったとは考えにくく

ただ時間が解決するのではないか、彼にそんな甘い考えがあったのも確かだ。

不倫において言えるのは

時間は問題をややこしくするだけであって、解決には使えない。

不倫という事実は永遠に人の心に刻まれる。

本妻にしろ、愛人にしろ、巻き添えを食らった子供たちにしろ

例え本人が忘れ去ったとしても永遠に、だ。


あじさい