第96章    新婚崩壊 | 或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

ALIはその出生の秘密をマサにだけは打ち明けた。

自分の全てを受け止めてほしいとの思いからか

冷たくなりつつあるマサの気持ちを同情でもいいから惹こうとしたのか

それとも、やはり自分ひとりの胸にとめておけないほど重たすぎる事実だったのか。

言わない方がいいこともある

夫婦間でも言わない方がいい事情があるのだと知るには

ALIはひとりで新婚気分だったし

マサの暖かい言葉さえあれば、そんな過去も乗り越えられるような気さえしていた。

その話を打ち明けた時

千代の前では泣けなかったせいかALIは涙が止まらなかった。

そんなALIを見てマサは呆れたように言ったのだ。




     「おまえ、汚いな。」



ALIは自分の耳を疑った。

感覚は全て麻痺していたが、耳だけは研ぎ澄まされたように

鼓膜の奥で何度も何度も「汚い」というマサの言葉が響いた。




     「そんなこと、もっと早くにわかっていたら堕ろさせたのに。」

      


マサの気持ちがALIにないことを、その時やっとわかった気がした。

同棲し始めた頃から抱いていた、愛とは違う不安定な感情。

マサがALIをただの逃げ場にしかしていなかったこと。

逃げ場だと思ったALIのために自分が働かなければならなくなったことについてのイラつき。

ずっとマサは不器用なだけで

だけどALIの事は愛してくれているのだという思い込みが全て幻だと気付いても

もうなにもかもは遅すぎた。



      「堕ろさせた?」



もう胎動も感じ始められるおなかに手を当てて

ALIは何かの間違いじゃないかとその言葉を繰り返す。




     「だって、そうでしょ?

      そのおなかにいる子供のおじいちゃんは結局その男ってことだろ?

      それって怖い・・・・」



マサの表情は固かった。

言葉とおり怖いものでも見たような目つきで、ALIを見た。




      「マサ・・・・」



近寄ろうとしたALIの手をマサは振り払った。




      「もうそんなに大きくなったら堕ろすのは無理だけどさ。

       でも産まれてきたとしても俺、かわいがれないかもしんない・・・」




あの日から。

小さなひびがどんどん深く大きな溝と化すのをALIの力ではどうすることもできなかった。

週末マサが帰ってこなくても、マサの携帯に女の人から着信があったとしても

もう何も言えなかった。



      「産ませてあげるだけ、感謝してね。」





マサの言葉に、ただうなづくことしかできず

ALIの自尊心はズタズタに引き裂かれた。


あじさい