周りの困惑、反対、祝福するそんな余裕さえなかった妊娠が判明した時期とは違って
結婚が決まってからは、誰もがALIのおなかの小さな命の成長をあたたかく見守っていた。
一番心待ちにしていたのは、誰でもない千代だった。
千代は毎回の妊婦検診には必ず付き添い、その後ALIとふたりで食事したり
ベビー用品を見に行ったりした。
昔から外食にもALIの衣服にも、お金を出さない千代が月に1回とはいえ
ALIといる時にお金を使うという事にひどく抵抗感があったが、千代は
「一緒にいる時に、何もしてあげられなかったから・・・
こうして二人でゆっくり話す時間さえなかったもんね・・・」
そうコーヒーを飲みながら、嬉しそうな切なそうななんとも言えない笑顔でそう言った。
会話の内容は、結婚生活がうまくいっているのかとか、お義母さんを大切にしなさいねとか
毎回同じようなものだったが、そのたびに胸が潰れる思いで
「マサが優しくしてくれるから、幸せよ。
本当に結婚して良かったと思ってる。」
と、ALIは笑顔で嘘をついた。
実際、マサが冷たくなった事以外は幸せだったし、マサがALIに冷たくすればするほど
マサの両親はALIに優しくなるという妙なバランスで結婚生活は保たれていた。
他人や世間の冷たさを知って、親のありがたみを知るという世間の一般論とは違い
嫁ぎ先で重宝がられたことでALIは自分の育ってきた環境がいかに惨めであったかを知った。
マサの両親は仮面夫婦で、寝室は別々だったし、ろくに口もきかない事もあったが
ALIが家族の一員になったことで少しだけ風通しがよくなったし
マサの放浪癖も治ったと言って彼らにはいつも感謝されていた。
同居生活が苦労もなく順調だった事について、千代は複雑な思いだったようだ。
ほかのきょうだいには電話で
「ALIは嫁ぎ先を本当の家族だと思っているみたい。
きっと居心地がいいのね
少し寂しいけれどALIが幸せなら仕方ないわね。」
と自分が母親として見捨てられたかのような寂しさを吐露していた。
逆に、姑とうまくいかなくて・・・と泣きつかれてもそれはそれで困ったのだろうが
少しは悩みなども打ち明けてほしかったのだろうと思う。
ALIは心配をかけないことが、勝手なことをしてしまった償いのように思っていたので
たとえ何があろうと千代にマサのことを相談することはなく
いつも笑顔と穏やかさを心がけていた。
そんなある日の検診の日。
ALIは前から気になっていた自分の血液型について、千代に聞いた。
ずっとB型だと聞かされていた血液型は、妊娠初期の血液検査でO型と記載されていたのだ。
まさか、そんな恐ろしい出生の秘密があるとは露にも思わず
突然ぽろぽろと涙を流し話し始めた千代をALIは抱きしめることしかできなかった。
「ALIはママがひとりで作ったの、誰の子でもない私だけの愛しい子。」
自分の生い立ちに嫌悪感を抱かないわけはない。
その男を殺してやりたいほどの憎悪にもかられた。
でもそれは、産んで育ててくれた母親への愛ゆえに起きる感情だ。
大事な母親をそんなひどい目にあわせたなんて許せない。
ただそれだけの事。
それだけの事で、自分の存在までを汚らわしく思ってはいけないんだとALIは自分に言い聞かせた。
本当の父親が、もうこの世にいない事を知ってALIはほっとした。
きっと地獄に落ちたはずだ、私がこの手で罰を下さなくても――――