千代は、確かにALIを愛していた。
それは仁が一緒に暮らそうと暮らすまいと
状況に応じて変わるような不確かな愛ではなく
いつでもどんな時でも、変わらぬ愛であったはず。
しかしそれを伝える事は、仁が許さなかった。
仁が一通り暴れてすっきりした後
自室で泣くALIの部屋にひそかに忍び寄って千代はALIに言った。
「ALI、ごめんね。」
ALIは抑えきれず、千代に抱きつきその胸で泣いた。
「ALI、悪くないよね!???」
その問いに千代が答えてくれることはなかったが
ぽつりと、千代は言った。
「もう、引き返せない・・・・」
仁の心が荒れていたのは、ALIへの嫉妬もあったが
何より家族を捨てたという後悔からだった。
自分から家を出たのにも関わらず
仁にとっては家を追われたかわいそうな父親と、認識していたのかもしれない。
日に日に荒んでいく仁の心を、千代はやりきれない気持ちで支え続けた。
私のために家庭を捨てた・・・
私たちのために家族を捨てたのに、私だけ何も失わないわけにいかない・・・
もう、引き返せないのだ、と。
住民票も千代の住所へ移し
自分の身の回りの物も、車で往復し運び上げた仁。
しかし、籍を移すことは、自分の衣装を運ぶように簡単には出来なかった。
もっとも、仁自身がそれを望んではいなかったし
雪枝にとってもはいさよなら、というわけにはいかない。
仁がたとえ愛人の家に住むことになったとしても
雪枝は水崎工業の副社長であり
仁の抱えた数億にも上る負債の連帯保証人という立場に変わりはないからだ。
そして何より
子供の結婚式に片親だけで出るわけにはいかない
男女の愛は消えうせても、夫婦共通の親の愛がそこに存在していた。
紙切れ一枚、その言葉は
仁、雪枝、千代、それぞれにとって思った以上に苦しい現実となってのしかかる。