洋楽って 13(CHICAGO)
洋楽っていいなー 第13回
今回はブラスロックでもポップな感じでもヒット曲を生み出してるバンドを紹介します。
CHICAGO
オリジナルメンバー
ROBERT LAMM(Vo Keybords)
TERRY KATH(Vo Guitar)
PETER CETERA(Vo Bass)
DANIEL SERAPHINE(Drums)
LEE LOUGHNAME(Trumpet)
JAMES PANKOW(Trombone)
WALTER PARAZAIDER(Woodwinds)
ウォルター・パラザイダー(horn)とテリー・キャス(Vo,G)が結成したザ・ミッシング・リンクスに
ダニエル・セラフィン(Dr)らが加わりザ・ビッグ・シングに改名、そこにピーター・セテラ(Bass)が加わりCHICAGOの原型ができました。そこでフランク・ザッパのザーズ・オブ・インヴェンションで有名だったジェームス・ウイリアム・ガルシオに出会いました。彼はザ・ビッグ・シングの素質を見抜くとシカゴから
ロスに移住させCHICAGO TRANSIT ANTHORITYと改名させファーストアルバムをリリース。しかしその後このバンド名はシカゴのバス会社と同じ名前でその名の所有権がシカゴ運輸局にあったため、シカゴ市から訴えられCHICAGOとなりました。今も活躍をし、AORやポップな感じ、ラブソングのイメージが強いCHICAGOですが、最初は政治色の強い歌詞でトランペット、トロンボーン、サックスなどを全面に出したブラスロック、ニューロックの旗手とされていました。ファーストアルバムから3枚連続で2枚組アルバムを出し話題となったCHICAGOはなんと4枚組のライブアルバムを発表、これまた話題に。その後も4枚連続でアルバムチャート1位を獲得、そして1976年ラブソング「愛ある別れ」で初のシングル1位を獲得。ここからポップス路線への移行が加速していきます。「シカゴXⅠ」からも「朝もやの二人」が大ヒットするとポップス路線は本格化します。しかしこの路線変更が悲劇を生みます。中心メンバーの1人のテリー・キャスが銃の暴発事故で死亡、バンドの方向性に不満を持ち、悩み、酒とドラッグに溺れてしまったためにおきた事故だと言われてます。
その後のCHICAGOは落ち目になり、アルバムを出すも全くうれませんでした。ここで新たな出発と
方向性の変更のためにギターのビル・チャンプリンとプロデューサーのデヴィッド・フォスターを
起用します。そしてあの名曲「素直になれなくて」が生まれました。その後は「君こそすべて」などが
ヒット、もう1人の中心人物ピーター・セテラが抜けるも、「ルック・アウェイ」「リブ・ウィズアウト・トゥルー・ラブ」などがヒットし人気は落ちることはありませんでした。
現在も2年ほど前にアルバムを出すなど、今なお活躍するすごいアーティストです。そんな彼らのアルバムから3枚ほど紹介します。
衝撃のファースト、ブラスロックの大名盤Chicago Transit Authority (1969年)
長い夜収録のセカンドアルバムChicago (1970年) - シカゴ(シカゴと23の誓い)
素直になれなくて収録、ポップ、AORの名盤Chicago 16 (1982年) - ラヴ・ミー・トゥモロウ(シカゴ16)
3曲ほど紹介します。
25 or 6 to 4 (長い夜)ーChicago収録
大好きな曲です。
Saturday in the Park ーChicago V収録