意義


 他人が適切な行動をとることを信頼するのが相当な場合には、その他人の不適切な行動と自己の行動とが相まって構成要件的結果が生じてもその結果について過失責任を負わないとする原則


 思うに、過失を客観的注意義務違反として類型化する以上、類型的に他人の適切な行動を信頼してよい場合がある


 そこで、①信頼に値する客観的状況があり、②現実に信頼が存在し、③その信頼が社会的に相当な場合には同原則の適用が認められ、その場合客観的注意義務違反を欠くことになる





予見可能性はどの程度具体的でなければならないか。

 

運転者が知らない間に荷台に乗車した同乗者を、運転者の過失による事故で死なせたような場合に問題]


 思うに、予見可能性は結果回避義務を導くものであるから、一般人をして結果回避を動機づける程度の予見可能性があればよい


また具体的事実の錯誤で法定的符合説をとることとパラレルに考えて構成要件の範囲で抽象化して考えるべき


 そこで、予見可能性の程度としてはおよそ人の死の予見可能性があれば足りる

過失犯の構造をどのようにとらえるべきか。


 この点、かつて過失は内心における不注意の問題として、責任段階での問題


 しかし、かかる見解によると、結果回避が不可能な行為についても全て違法としてしまうことになる


 そこで、過失犯は客観的注意義務違反という違法行為を行うものと構成して違法性レベルの問題とし、さらに進んで一般人の立場から客観的注意義務違反行為を類型化してまず構成要件レベルの問題とすべき


 そして、客観的注意義務違反とは予見可能性を前提とした結果回避義務違反であると解する。