沖縄は1972年5月15日に本土復帰しています。そこで前回【たばこ史研究】に〈琉球記念たばこ〉に関する拙文が掲載されましたのでご紹介をしました。
引き続き今回も〈琉球煙草〉に関する話題です。【琉球政府】は〚日本専売公社〛の製品をいくつか輸入していました。その中から両切りたばこ《ショートピース》をご紹介します。
7年ほど前に【琉球政府】が輸入していた〚日本専売公社〛の製品は(ヤフーブログ)で2回にわたってご紹介していましたが、(ヤフーブログ)の消滅に伴い(アメーバブログ)に移りました。
今回は数多い〚日本専売公社〛の琉球への輸出煙草の中から、10本入り小箱の《ショートピース》に的を絞ってのご紹介です。特に【琉球政府】の納税印を詳しく採り上げます。
〚日本専売公社〛では、昭和21年(1946年)1月10日より両切りレギュラーサイズの《ピース》を新発売しました。第二次世界大戦の終結に伴い、平和を願って名前が付けられたと言う事です。
そして、昭和27年(1952年)4月1日より〈オリーブを咥えた鳩〉にデザインが変更されています。《ピース》は現在も販売を継続している、国内で製造する唯一の〈両切りたばこ〉です。
【琉球政府】では、1950年より〚日本専売公社〛の《朝日》《光》《ゴールデンバット》などの
紙巻きたばこに加え、刻み煙草《みのり》《ききょう》を輸入していました。
そして、1951年より《ピース》の輸入が始まります。《ピース》は長期間にわたって輸入していたためパッケージにいくつかの変更が見られます。その中から私が把握している変化をご紹介します。
【琉球政府】の時代、中でも1950年代のたばこパッケージは現存数が少なく、まとめる事がきわめて困難です。当時喫煙されていた方のお話や、残されている資料に頼る部分が多々あります。
お話をお伺いしたのは私が琉球たばこの研究でお世話になり、初期のパッケージのほとんどを『デザイン集を纏めるために……』といただいた方です。私の父親のような存在の方でした。今回ご紹介するパッケージも、ほとんどを頂いています。
ピース
昭和21年(1946年)1月10日より、本土では紺色地のパッケージで発売されています。ほとんど同じデザインで、【輸出用】には赤色のパッケージが用意されました。
本土販売品
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琉球政府 輸入《ピース》
昭和26年(1951年)から1年程度輸入されていました。昭和27年にはデザインが変更されますので輸入されていた期間は短かったのですが、パッケージを見ると裏面枠内の英文に変化が見られます。
琉球向けに輸出された《ピース》のパッケージを、拙著【琉球民営煙草デザイン】では2種類に分類しています。内箱に琉球政府の納税印が印刷されたパッケージだけの事で、お話を伺った英文の書体は2種類でした。英文全体のフォントによって、前期と後期に分類されます。
もう1種類の英文表記を拝見しましたが、そちらは琉球向けの輸出が開始される以前のパッケージのようです。一般輸出用に用意されたのではないかと思います。沖縄でお話を伺った事はなく、パッケージも沖縄では見かけた事がありません。
文章の最後に〚日本専売公社〛の英語表記がありますが、そちらには(Public)の文字が入っています。(Public)の文字表記によって使用された時代が分かります。
現在では、コレクターは本土で販売していた紺色の箱を【青箱】と呼び、輸入専用に用意されたこちらは【赤箱】と呼んでいます。
しかし当時購入していた沖縄の喫煙者たちは、四角く枠取られたデザインから【窓枠=まどわく】の愛称で呼んでいたそうです。
パッケージには【琉球政府】の納税ゴム印が押印されています。【琉球政府】が用意したゴム印は、これまで全6種類が確認されています。こちらは6種類の納税ゴム印の中では、最も早い時期に登場したゴム印です。
ゴム印のほかにも、内箱には当初から【琉球政府】の納税印が印刷されています
納税印 【ゴム印】
ゴム印の直径は 30mm. あります。確認されている6種類のゴム印では最も大きなサイズです。
ゴム印の直径は6種類ともまちまちで、この次のサイズは 28mm. です。最小のサイズは 18mm. となっています。(30㎜. 28㎜. 24㎜. 21㎜. 20㎜. 18㎜.)
このゴム印が利用された他の銘柄では、同じく〚日本専売公社〛から昭和25年(1950年)8月頃に【琉球政府】が輸入していた《光》に押印されています。
1952年10月に新発売された〈琉球煙草株式会社〉の ≪刻みたばこ≫《しらぎく》にも見られます。琉球島内で、ごく初期に流通していたパッケージに押印されています。
初期の島産たばこや輸入たばこに押印された6種類の【琉球政府】の納税ゴム印は、印影を際立たせるために拙著〈琉球民営煙草デザイン〉ではモノクロで掲載しています。
外円 ≪RYUKYU TAX PAID≫ 内円 ≪納税済≫
納税印 印刷
【琉球政府】の納税済ゴム印が押印されていないパッケージも存在します。内箱も一緒に残されていて、納税済の四角い納税印が印刷されています。
【琉球政府】が輸入していた《ピース》の内箱には全て印刷されていて、ゴム印のあるパッケージにも納税印は印刷されています。この当時の内箱は、両サイドのマチ部分の幅が狭くなっていました。
マチが狭い
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納税印 印刷
内箱に印刷された納税印は時代によって2種類が存在していて(前期)と(後期)に分類できます。こちらの〈窓枠=まどわく〉と呼ばれるパッケージには(前期)しか存在しません。
前期 納税印
裏面 英文表記の変化
裏面に見られる英文表記の変化です。40年ほど前にお話を伺っただけで私は①のパッケージを所持していません。当時のコピーです。今回ご紹介しているパッケージはいずれも②です。
英文の最後には〚日本専売公社〛の公社銘が書かれています。〚日本専売公社〛の英語表記は、本土で販売されている銘柄では〈パイプたばこ〉に見られ、そちらによると2種類が確認できます。
昭和24年(1949年)には(The Japan Monopoly Public Corporation)と表示されました。
昭和25年(1950年)4月1日には(Public)が削除された〈パイプたばこ〉が発売されていて、
(The Japan Monopoly Corporation)となっています。正確な変更時期は不明です。
1951年に【琉球政府】が輸入した《ピース》は( Japan Monopoly Corporation)だけです。
内箱に〈琉球政府の納税印〉が印刷されたパッケージだけに見られる変化
① 1951年 琉球向け 《初期》
文字が細字で書かれています。文章の最後に〚日本専売公社〛の英語表示があります。書かれている公社銘は( Japan Monopoly Corporation)です。
② 1951年 琉球向け 《後期》
全体的にフォントが変更されています。文字が太字になりました。文章の最後に書かれた公社銘は
( Japan Monopoly Corporation)です。
参考
輸出用 1949年~1950年 頃
文字の構成が異なります。琉球たばこの研究でお世話になった方からこちらの英文は聞いた事がありません。琉球向けの輸出パッケージではなく、一般の輸出品として用意されていたと考えられます。
文章の最後に(The Japan Monopoly Public Corporation) とあります。これは1949年頃の表記です。その後まもなく( Japan Monopoly Corporation)に変更されています。
(Public)が削除された正確な日時は不明ですが、1950年4月にはすでに変更されています。こちらの表記は =琉球向けの輸出が開始される前= に流通していたパッケージだと思います。
1952年頃から輸入
昭和27年(1952年)4月1日 (デザイン変更)
現在も販売が続く馴染み深い(オリーブを咥えた鳩)のデザインは昭和27年に登場しています。
琉球では昭和27年(1952年)頃から輸入されていたようです。
本土では、裏面に印刷されている証票のデザインが変更されています。発売当初は戦後間もなくから使用していた中央に桜が描かれた【桜証票】で、昭和28年(1953年)頃から新しい(専)の字をモチーフにした【専証票】に変更されているようです。
昭和26年6月には【専】の字をモチーフにした新しい証票が決められたと聞いています。印刷されたパッケージが市中に登場するのは、どの銘柄も昭和28年頃からだったようです。
【琉球政府】に輸出されていたパッケージでは、私が確認しているのは【専証票】だけです。
【琉球政府】は、島内の煙草産業を保護育成するために〈輸入たばこ〉の消費税を段階的に上げています。そのため〈輸入たばこ〉の価格は上昇します。喫煙者も島内の銘柄へ移行していく時代です。
1954年10月5日の【沖縄タイムス】には、〈輸入たばこ〉の煙草消費税が140%に上がるという
ニュースが掲載されています。その一方で島内産の煙草は減税されます。
《ピース》も例外ではなく徐々に消費量が減っていくようです。〚日本専売公社〛の《光》《朝日》《みのり》《ゴールデンバット》が、既に店頭から姿を消していた事も記載されています。
たばこに関する当時の【沖縄タイムス】【琉球新報】などの新聞記事は、販売された銘柄や販売時期を知るための貴重な資料となっています。
沖縄タイムス 1954年10月5日 掲載
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すでに設立されている〈琉球香港煙草株式会社〉とは別の、新しい外資系の煙草会社の免許更新に、〈琉球煙草株式会社〉の社長が反対する意見のニュース記事
〈オリーブを咥えた鳩〉のデザインには、品名や公社銘が全て英語表記のパッケージが存在します。地色が紺色と赤地があり、4種類が〚日本の煙草デザイン〛に記載されていました。1種類は本土と同じパッケージに〈CLASS A〉と印刷されただけですが、いずれも輸出用と言う事です。
英語表記の4種類は沖縄では聞いた事がありません。琉球では本土と全く同じ製品で、日本語表記のパッケージが輸入されていました。
ピース 1952年 頃
パッケージのデザインは本土の販売品と全く同じです。まだセロファン包装がなく、鳩の位置が上側に描かれています。1969年10月からセロファン包装のために鳩の位置が3㎜. 下がります。
内箱に【琉球政府】の納税印が印刷されていました。内箱両サイドのマチ部分は狭くなっています。
マチが狭い
↓
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鳩の位置が ”高い”
納税印 印刷
内箱に印刷された納税印は時代によって2種類が存在していて(前期)と(後期)に分類できます。〈オリーブを咥えた鳩〉のデザインでも、発売当初のパッケージは(前期)の納税印です。
前期 納税印
後期 納税印
こちらの鳩の位置がまだ高かった時代に、内箱の納税印は新しい書体の(後期納税印)に変更されました。内箱両サイドのマチ部分も広くなっています。変更の時期は不明ですが、1960年~1962年あたりの頃ではないかと考えています。
昭和44年(1969年)10月
本土の製品は外装セロファンの装填のため、デザインが変更されました。表に描かれている(鳩)の位置が3㎜. 下に移動しています。従来の位置では開封テープが(鳩)と重なってしまうためです。
1969年 以降の輸入品
琉球への輸出品も同時期に変更されていると思います。(鳩)の位置が下がっているので、こちらのパッケージが1969年10月以降に【琉球政府】によって輸入されていたと分かります。
内箱両サイドのマチ部分の幅が広くなっていて、これは現在と同じ形態です。【琉球政府】の納税印は(後期納税印)で変化がありません。
輸入《ピース》の中では、唯一自分で購入したパッケージです。昭和52年(1977年)頃、浮世絵が好きだった私は【東京都宝くじ】のシリーズものに興味を持っていました。そのために、新橋に
あった〈宝くじ〉や〈切手〉を扱う店へ良く顔を出していました。
そこでは〈たばこパッケージ〉も扱っていて、偶然見かけたのです。販売価格は確か 150円程度だったと記憶しています。
【琉球たばこ】も〚日本専売公社〛もたばこのパッケージは、ほとんど琉球たばこの研究でお世話になった方からのもらい物ですが、珍しく自分で購入しています。
マチが広い
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鳩の位置が ”低い”
納税印 印刷
内箱に印刷された納税印は時代によって2種類が存在していて(前期)と(後期)に分類できます。内箱の両サイドのマチ部分が広く、鳩の位置が下がったデザインは(後期)の納税印です。
後期 納税印
前期、後期の比較
フォントが変更されています。アルファベットも変更されていますが、特に漢字の違いが顕著です。
沖縄タイムス 新聞広告
1955年 1月20日
沖縄タイムス 1955年1月20日号に、《ピース》と《チェリー》の新聞広告が掲載されています。
因みに《チェリー》は、1954年から輸入されていました。
輸入業者の会社名は掲載されていないので不明ですが、〚日本専売公社〛の1950年代の広告には
良く似たキャラクターが描かれています。こちらは〚日本専売公社〛の広告だと思います。
別の新聞広告では【那覇市 マルヒラ商会】が〚日本専売公社〛の銘柄を輸入していたようです。
広告には《ピース》の名前は掲載されていますが、《チェリー》の名前はありませんでした。
当時の新聞切り抜きです。縮刷版ではありません。
以前ご紹介していた、【琉球政府】が輸入していた〚日本専売公社〛の銘柄のページです。輸出後半の掲載で《しんせい》や《富士》など1952年~1956年頃の輸入パッケージをご紹介しています。
琉球向け輸出たばこⅡ:日本専売公社 | アリタリアfujiのブログ (ameblo.jp)