そう思っていままでいろんな事をしてきました

できることは自分の自信に繋がるし

大切な経験だと思っていました

過去形でかくのは


人にはそれぞれのペースがあるから


早くするのが良しではなく

人もできるのが大切


という気持ちになったから


もちろん
自分もするんだけど
人もできたら

単純二倍になっちゃって

できた人が
つぎにまた人に教える

そうやって
もしできない人がいれば代わりに

できる人がいれば
お願いを

そうやって
和を広げるために

人は助け合うのかもと

休みモードで考える頭の中の種

芽が
花咲くまで育てられるとええなぁ
自由と幸せになるために
羽がはえたような

一番嬉しかった日

ただ
心に影が落ちていたことは体が受けとり
訴えていた言葉を聞いていれば

いまと違う未来だったのだろうか



ただ
幸せになるために
生まれて来たはずなのに

幸せと遠くなるような気がするのはなぜだろう


幸せが近くにあるのに

どうしてその手がつかめないのだろう



何を望み
なにがのこり

なにがなくなり

そして
幸せがなんだったかがわからず

夜が深く
闇となって


次の夜明けが来るまで

蒼くたそがれる


眠れない時間は
次の暖かく幸せな時間がわかるまでの楽しみだね


そう
幸せは自分の中にあるのだから
いらだちの招待のは変換まちがいでなく

招待しているものがいらだちになっているって意味です

自分の中にある
自分の考え方と違うもの

自分が成長できるもの!って招待できれば

このいらだちは消えるのでしょうが


なんでダメなんだ
いつもと違うんだ
どうしてできないっなると

いらだちや焦りが招待され


疲れはててしまいます

疲れはてたら
無気力になって
言われた通りにできない自分が嫌になります


悪循環です

招待するなら

笑いがでるうちに
笑ってしまうべきなんでしょう

笑うためには
受け入れるスペースのある自分が
必要かも知れませんが
うつむかず
前を見るだけで

まずは一歩


ひとつ歩けたら

次にも歩けます


だから一つ
また一つ

一杯はあきらめて
ひとつ

やってみましょう