人は
環境を変える事で変わる事もありますが

記憶はなかなか変わりません

環境を変えることは

習慣になっていることを変えるという行為で、記憶に集中させない事が目的だとわたしは自分の中で思っています

でも
環境を変えることができない場合

受け入れる

そういう行為が発生します

明らかに悪いこと

人徳的に問題のあること以外
変える方にも変わる方にも負担のかかる

環境を変える選択はあまりされません


環境を変えること
習慣を変えること

どちらも非常に負担がかかります

いいこともわるいことも
ありますが・・・


自分の肯定とか

気持ちを前向きに持ってとか

の前向きな気持ちを手に入れれるかもしれません


でも
苦しいときにとてもよく考えるけど

苦しいからいまがあって
楽しいこともあったから苦しいのかもしれない


捨てると楽かというと
そんなことなくて

きっと

じぶんの中にある課題が
見えるから苦しいのだと
(おもいたい・・・)

無になること



クリアすること
ではなく


課題を乗り越えた先にある

イメージなのでしょうか



生きてきたことを
クリアすることはできなくて

刻まれた記憶に

泣きながら、悩みながら

それでも人は生きていきます

生きていることは

理由でなく必然

そして
理由は見えないように
隠れていて

今、この瞬間に
感じることが

あなたが生きている
理由なのでしょう


今という点が続き

過去という線ができて


つながった記憶


他の人や
みんなでなく

あなただけの記憶

まだ
その命が続くのは

あなたがいきる
今を守るために


必要としているのは
じぶんは
何者でなんのために生きているかと言うことかもしれないけど

きっと
求めたようにかっこいい答えはなく

本当に
小さなことなのかもしれない


生きているのは
奇跡

半分にされた情報が
二つ合わさり

分解をはじめ

鼓動をうちはじめた時から

その鼓動が止まるまで

続き重なる記憶は

浄化され
加算され

そして定着する

あなたは
生きていて
いいのだから

尽きるときまで

今を生きて下さい


あなたは
ひとりじゃない

あなたの
まわりには

記憶している人を含んだたくさんの人に守られている

いつか
その手にした命を返すときまで

人のために
自分のために

いきる事ができればと思う今日この頃です
一歩を踏み出すのは、他の人には大したことなくても、本人は必死だ


一歩踏み出し
また
止まって

次の一歩を踏み出すのにどのくらい時間がかかろうと

それが
いまの一歩だから

つぎにまた一歩進む時間を待ってみよう

安全である確認ができたら

楽しいことが待っている

それがわかるまで

考えて
悩んで
動けなくなって

じっとしているのも一つの方法


あなたがいくら肯定しても

じっと感じない心には

響かなくて

うるさい!って
しんどいのに!って

きっと
歪んだ気持ちになってしまう


人の気持ちが聞ける時間は

この歪んだ時間が過ぎた時

自分が一歩歩いて
風景が少し変わったとき

きっとまた少しだけ
半歩ぐらい

そうやって


わたしは
人が普通に一歩進めることが
一歩も進めていないことがある

でも
他の人が考えたことのないような事を
知っているかもしれない

あなたの痛みはわからない

でも
あなたの痛いことは感じるから

あなたのそばで

痛みがなくなりますようにと
あなたのためだけに
いのることができます

痛みや苦しさが一杯のあなたには

わからないわたしは、うっとうしいものかも知れません

わたしは
あなたが一人でないことを教えるためにいるだけです

わたしは
ただ、あなたの鏡をしているだけです


答えは
あなたの中にあります


苦しんだ
痛かった

あなたを救うために

あなたの命はまだ

この世にあります

大切な一人だけの自分です



きっと
あなたは
誰かに何かを伝えるために

痛くて苦しい気持ちと

向き合い考えているのだと思います





ぶれぜんともらいました

早速ご紹介!

かなり自分の中に入り込む五月病で狂暴になっていましたが、地球に比べるとちっぽけだね・・・

明日もがんばろ
p(^^)q


ありがとぉございました!