先日、駅でご自由にお取りくださいの冊子を手にとり、よんでいて

失敗による心と傷の回復という内容で、下記のような文章を読みました


失敗したときには誰だってショックを受けるし傷つきます。本人は気づかないかもしれませんが、直後はエネルギーが漏れてガス欠状態になっています。こういうときに失敗とちゃんと向き合いきちんとした対応をしようとしても、よい結果は得られません
大切なのは「人は弱い」ということを認めることです

自分がいまはまだ失敗に立ち向かえない状態にあることを潔く受け入れて、その上でエネルギーが自然に回復するのを待つしかないのです




このように書いている文章を見て

私は

傷をついて
エネルギーが漏れていることに気づかないまま

今まで生きてきたのかもしれない

問題に向き合ってきたのではないかと


思いました


生きていることは自由
自由には責任

責任から逃げても
いつかは捕まるし

今受け入れてもいいんじゃないかなぁと

年が明けた
夜中に思うのでした


前だけ見るのではなく
すこし振り替えって

私はなに?

を知りたい

そんな一年になりそうです
雨がひどくて
台風で被害受けていないかどうかを訪ねる電話と共に

母の母がなくなったことをきいた

母の母つまりおばあちゃんは

血の繋がらない「ママさん」と母がよぶひとだった


血が繋がらないことでいろんな思いがあったんだろう


色々ときいた気がする

でも
おばあちゃんが亡くなった日は、お母さんが亡くなった日と同じだったとの事




人は生まれてからなくなるまでに

何人の人と出会うんだろう

そして出会った人と
すべて縁があるとすれば
すごいことだなぁと感じ

また、長く続く縁は
奇跡に近いんだろうと感じた一瞬だった


おばあちゃんは
献体に署名をしていて

二年間はお骨がないという

でも
帰ってきたら
いつものお墓を通じて
大地に帰れたらいいなあと思う


どうか
魂が幸せを感じることができますように



遠くから
祈っています
根がないとのつづきになりますが


地上に見えるものが

全てを支配してしまうから

こっそり地下を覗いて見たときに


おもっていたことと違ってビックリするときがあります


きっと
みんなおんなじ



ないことを
思い知らされる瞬間です



心の病が増えていると言われますが

自分の
根本といわれるものか
なくなってしまったときに起こっているのではないかと思います


根がないと
吸収もできません

またいくら
愛や善意という水を注いでもらっても


溺れてしまうぐらい

回りに満たされるだけになります


また
情報を簡単にとれてしまうから

必要ないのに
満たしてしまう

これも
溺れてしまいます


また
悲しいことがあったり

怒りにあったりしても

感情が吸いきれず
周囲にある状態


樹木が根を出すとき

体を支えて
維持する根を張るときは

非常にストレスな事が多いと思います


人も
過ぎず
足りずがいいのでしょうが


なかなか
足りずが目についてしまい

自分に耐えれなくなります


自分が変わらなければ
かわらない


どうか
明日は許せますように

全ての事を感じて

地上は少しでも
地下はしっかりと根をはり

胸をはりたいと思います