夫と知り合い、ご縁があって結婚。
長い時間が過ぎたようであり、でも意外と短い時間でもある気がする。

20代半ば、結婚を諦めたことがあった。
生きるとは何ぞ? と疑問に思い、
私は必要とされていない? と悲しくなり、
何も求めないほうが良いのか? と思い始め、
だったら生きるのは辛い、 とさえ思って
人生を儚んだ時期もあった。

ところが、捨てる神あれば拾う神あり。

暗いトンネルを足掻きながら前進する日々、
転職をして新たな世界に身を置き、様々な刺激を受け、
多くの人々に出会い、毎日が勉強だった。

交友関係も少しずつ復活して、ご飯や飲みに行った。
きっと、友人たちにしてみれば、その頃の私はまだまだ危なっかしく映っただろう。
でも、それまでの経緯を知る友人は、温かく励ましてくれた。
少しずつ立ち直り、傷も癒え、新たな恋愛をした。



結婚した今、私はとても幸せな毎日を送っている。
穏やかな時間の流れの中、病気をしたりケガをしたりして、
決して順調ではないけれども、気持ちが穏やかになった。

苦しみも悲しみも、
楽しさや嬉しさも、
一緒に分かち合えるパートナーがいる。
この人に巡り会うために、辛い20代があったのかもしれない。
彼に出会えて良かった、と心底思う。


夫婦の時間が長くなるにつれ、子どものことも考え始めた。
自然に任せていたので、年齢的なことも考えると
難しくなるのかなぁ~とうっすら思い始めていた。

そんな矢先に、突然の懐妊だった。

戸惑いと不安、それと同時に嬉しい気持ちでいっぱい!
夫も驚き、不安も感じたであろうながらも、喜んでくれた。



キミが私たちの元に来てくれたこと、嬉しいよ。
私たちもキミのことが好きだよ。
沢山いる夫婦のなかから、私たちを選んでくれて
本当にありがとう。

大切に育てるからね。
キミがスクスク健やかに成長する様子を
傍にいて見守っていくからね。
一緒に色々なことを学んでいこうね。
少しずつ、ゆっくりキミのペースで歩んでいこうね。


授かった命。
大事に、大切に育てたい。

今はまだお腹の中で育つキミに会える日を
今からとっても楽しみなんだ♪


年末頃に家族が増える予定です。




朗報は突然やってくる。

これは、嬉しいタイプの「突然のお知らせ」。

事前におめでたい事のアナウンスがなされる。





訃報も突然やってくる。

これは、悲しいタイプの「突然のお知らせ」。

唐突すぎて、頭も心も混乱するアナウンスだ。






数年前のこの時期前後、
身近な人が病死で他界した。


「あの時、もし~/~すれば」思考にとらわれ、
心身ともにすり減ってしまった。

遠方の通夜・葬儀にかけつけ、
悲しみとショックとで、
後日床に臥せてしまった。



連休中、病気療養中の同僚が病死で他界された。
一か月前、微妙な体調だったその方は久々の出勤日だった。
とりとめのない話しや近況について、半時ほど談笑した。
「大事にするんだよ。」
「子どもの顔、見せに来てね。」

何でもなかった日常会話が、
今となってはその方からいただく
最後のコトバとなってしまった。

悲しいけれど、その方の笑顔とコトバを胸に
これからも頑張って生きていこう。


神様、
別れは悲しいけれど、
この方との出会いに感謝します。お花


同僚のご冥福をお祈り申し上げます。


他人の性格は、変えられない。


自分の過去は、変えられない。




でも。




自分の性格は、変えられる。


自分の未来は、変えられる。




自分の価値観だけで、相手を判断するから

イライラするんだ。



相手の価値観からすると、自分は相手を

イライラさせているかもしれない。



でもね。

「イライラすること」を選んでいるのは、

他の誰でもない、その人自身なんだ。