電車に乗る機会がありました。
ちょっと遠出して、特急など乗ってみたのです。
予定が立てられていなかったので自由席の特急券を購入していました。
大型連休でもあり駅は大混雑。
なんとか座れたらいいなと思っていたら、自由席の車両に並んでいる列の前から3人目。
これは確実に座れる!と喜んで1時間ほど特急が来るのを待っておりました。
すると「研修中」と書かれた駅員がやってきて
「みなさん特急○○に乗られますか?それでしたら青い番号の下でお待ちいただけますか」
と申し訳なさそうに話しかけてこられました。
どうやら我々の並んでいたところは、また別の乗車口だった模様。
並び直すべきところを見ると、もう長蛇の列が。
これはギリギリ座れるかな・・・いや、厳しいかな・・・と逡巡していると
案の定並んでいる人たちからは怨嗟の声が。
黄色の番号と聞いたからそこに並んでいたんだ
もっとわかりやすい表示にすべきではないのか
さて、あなたはこの駅員に「仮に伝達ミスがあった」として
許せますか?許せませんか?
許すのが偉くて、許せないのが心が狭いというわけではありません。
人それぞれが抱える背景や事情、感情の置き所によって基準は変わります。
本当に疲れていてどうしても座りたかった人
指定席がいっぱいでどうしても自由席しか取れなかった人
座ろうと思って1時間以上前から並んでいた人
はじめから座れるものとは思っていなかった人
それぞれに感じ方は違うはずです。
自らの行動が他人に及ぼす影響を考える時、相手の背景や事情を想像する必要があります。
それを怠ると、本来批判されなくて済むことで批判されてしまうことも、うまく相手の怒りを逸らすこともあります。
ある一方に言えることは、たいていの場合、もう一方にも当てはまります。
つまり、相手のミスが自分に影響を及ぼしてきた時に、その相手の背景や事情を慮ることです。
ミスした相手の立場を理解することで、
批判や怒りを受けることを覚悟の上で言ってきているんだな、とか
もしかしたら研修中だから誤って伝えてしまったのかな、とか。
研修中ということは4月に入社して初めての大型連休大混雑、それで混乱してしまったのかな、とか。
お互いを理解しようとする気持ち、正しくいうならば
「お互いに摩擦を生まないように、より許せる背景を想像してあげる気持ち」を持つことで
いわゆる思いやりというものが醸成されるのではないでしょうか。
鬼の首を取ったように批判する人もいるようですが
いずれ自分がミスした時に、同じように批判される覚悟はあるのかな、と他人事ながら思います。