「鬼夜叉」一刀斎 第二章 1・・・入間航空祭(昨年のブルーインパルス)今年は? | かねこよういち

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ブルーインパルス は、航空祭や国民的な大きな行事などでアクロバット飛行を披露する、航空自衛隊の公式アクロバットチーム。正式名称は第4航空団第11飛行隊で
松島基地 をホームベースとしている。使用機材は初代ブルーインパルスのF-86F戦闘機、2代目のT-2練習機を経て、3代目の現在はT-4練習機が使用されている。
T-4はプロペラ機からジェット機への機体変更がスムーズに行えるように、素直な操作性と抜群の安定性を発揮、低速から高速まで安定した飛行特性を持つよう設計された高性能ジェット練習機。
機体重量の4.5パーセントは炭素系複合材などの新技術を採用しており、軽量化に貢献している。脱出装置はAV-8B ハリアーII等と同様のキャノピー破砕方式を採用、機上酸素発生装置を備えるなど、非常時の信頼性も高い。超音速ジェット練習機であった先代のT-2ブルーは、高速を生かしたダイナミックな演技が特徴であったが、T-4ブルーは低速での抜群の運動性能を生かした、よりアクロバティックな演技が特徴。

第二章 強さと成長

一ヶ月(ひとつき)が過ぎ、夏の暑い陽差が廣瀬神社を照りつけている。
弥五郎は神官から学問を学び、剣術の心得、技を貪欲に吸収している毎日であった。
この日は天正二年(一五七四)七月十六日―
みな揃って朝餉をとっている時である。
正吉が竹箒を持ったまま入ってきた。
「神官さま昨日、掛川の方で戦があったようです。武田軍が徳川方の高天神城を占拠したそうですよ」
この、高天神を制する者、遠州を制すともいわれた高天神城は、今川氏の勢力が衰えると、徳川方の城となった。戦国末期武田信玄・勝頼と徳川家康の二大勢力の境目に位置しており、両軍が激突する最前線となっていた。天正二年(一五七四)七月十五日、武田勝頼が二万騎の大軍で攻め落城し、城主小笠原長忠がついに城を開城する。しかし、武田軍が長篠の戦いで織田・徳川連合軍に敗れると徳川家康は高天神城を奪回したが、その時に焼き払われて廃城となった。
「そうか、まだまだこの戦国乱世、戦いが続きそうじゃのう」
巫女たちに目線を向けた。
「そう遠い所のでき事ではないので、落ち武者など、荒くれどもが、こないとも限らぬで、皆、心しておきなされ」
すると弥五郎は、
「神主さま、神社はおれが守ります」
「武芸者はこないのではないかな・・・」
神官は弥五郎の顔をみて微笑んでいる。
(頼もしくなったものだ)
その成長ぶりは毎日木刀を交え、ここ数日で十に一度勝てるようになるまでに成長してきたからである。
薪割りはすでに終わり、昨日束に重ねて小屋の中に積み終えたところであった。
朝から井戸の側で木刀を腰に差して落ち着かない様子。
「そうだ、今日は廣瀬神社の外に出てみよう」
世話になってからは、まだ一度も外に出ていない。神官を探しに本殿の前で大きな声を出している。背後に気を感じた弥五郎は振り向き様に木刀を肩に担いでいた。
「わしの気を感じていたか、今日の一番は、弥五郎の勝ちじゃ」
神官は気を消して近づいたつもりだった。
「社務に居たのだが何か用かね」
「はい、朝のうち、神社の外へ出掛けてみたいのですが」
「そうじゃのう、気晴らしに田京の、かの川でも行って稽古してくればよかろう」
「はい」
「街道は人の出入りが多いので用心していかれよ」
暫くぶりの開放感。参道、鳥居を抜け軽やかに下駄の音を響かせながら街道の方へと向かった。一町(一〇九㍍)ほど歩いて街道に来たが、やはり街道は活気があり人の往きも多い。かの川はどちらの方角か弥五郎は知らない。丁度、五十前後の百姓が荷車に肥桶を積んで弥五郎の前を横切ろうとした。
「あの、かの川へ行きたいのだが、どちらへ行けばよいのですか」
すると弥五郎の姿をみて、
「おめえ、廣瀬神社の人だら」
「はい」
「神社の人が木刀なんぞ差しておかしな態(なり)をしてらっしゃんな・・・まあ、おらには関係ねいが、街道を西へ突っ切れば一町ほど先に見えるだよ」
「然(さ)様(よう)か」
街道を渡り獣道を歩いて草むらを手で掻き分け進んできた。眼下にかの川が見える。本当に美しい。
岩魚(いわな)が透き通った水の中を泳いでいる。何気なく、動きに目を凝らしてみていると。
緑色した小さな蛙がゆったりと岩魚の方に近づいてきた。するとこの岩魚、蛙を騙し、反転して泳ぐとみせかけパクリと飲み込んでいた。
尾鰭(おびれ)を上手に使ってまさかと思わせての一瞬のすきを捉えていたのである。
(すごい)
剣術の極意を自然は教えている。すぐさま木刀を抜いて岩魚の動きを真似してみることにした。草むらの中に大きく伸びる桑の木が見える。
(そうだ、この桑の木を人に見立て、稽古してみるか)
木刀を右手に持ち背を向けた。
(あれ、何だ、桑の木の鼓動が聞こえる)
体が動かない。弥五郎は桑の木を叩こうとしていたのである。
(駄目だ・・・考えている)無だ、無にならなくては)
気持を落ち着かせ目を伏せて気を整えていた弥五郎。桑の木の鼓動が気配へと変化した。みえた。弥五郎は振り返り様、
「おりゃー」
と大きな声を発し、太さ一寸五分ほどの枝を叩き落としていた。この硬い桑の木、人間なら即死の状態であろう。木刀を腰に納め弥五郎は左手で土を掴むと、斬り取られたかのような痕にすり込んだ。枝木を左手で拾い上げ小枝と葉を取り除いて体の向きを変え、ビュ、ビュビュと振っている。息をゆっくりと吐いて納得した表情をみせた弥五郎はこの場を後にした。
腰に二本の木刀を差して武芸者気取りである。胸を張り街道へと戻ってきた。すると、向かい側にある茶屋で女を四人の男たちが手篭めにしようとしている様がみえた。
(これは助けねば)
息もきらせず走ってきた弥五郎。
「お前ら、何している」
四人の男たちが弥五郎の方をみた。
「何か用か・・・うん、可笑なかっこしているやつだな、邪魔するな」
弥五郎は、下駄を脱ぎ、桑の枝木を抜いた。
「女を放せ」
「何だと、お前よくみるとガキじゃねいか、そんな枝木を振り上げて、飴でもしゃぶってな」
女を掴まえている男の右手首と首筋を続けざまに枝で叩いた。手首はパンと骨の欠ける音がし、首筋はドンと鈍い音をたてた。男は声も出せず地面に崩れた。気を失っている。他の三人がその様子をみて刀を抜いた。神官の言葉が脳裏にふと浮かんだ。
「このやろう」
一人の男が上段から斬ってきた。体を左にスーと開くと弥五郎は男の右肩口を叩いた。
「グェー」
大声を出し地面にうつ伏せになり苦しんでいる。呼吸ができないのであろう。残っている二人は左右から同時に弥五郎めがけて斬りつけてきた。
弥五郎は無になっている。相手の気は見えていた。低い体勢をとり、大声を発し、後ろへ引くとその場で二尺ほど飛び上がった。物凄い力で木刀を上段から刀の棟(みね)に向けて叩きつけていた。男たちの刀が交差した時である。二本の刀が真二つに欠け、刀半分は両側の地面に見事に分かれて突き刺さっていた。男たちは唖然とした顔を見合わせて恐怖に駆られていた。
すると弥五郎は、
「二人の男を連れ、この場から立ち去れ」
男たちは仲間を介護しながら三嶋方面へ逃げるように去っていった。
桑の枝木と木刀を腰に戻して、息を整える。
どこかで聞いたようなせりふ・・・神官の教訓は身についていた。そこへ、城(じょう)から女を助けに駆けつけてきた数十人もの男たちが、それぞれ手には鎌、刀、鍬などを持って集まってきた。
この城(じょう)とは正式には根小屋式山城(ねごやしきやましろと)いい、数十戸ほどの村をいくつか束ねて統治する領主が自前の城と居宅を一つにした居城で、個々の村にも城と称する避難所を兼ねた要塞を村民独自の力で築いていた。村と村との争いに欠かせぬ要塞と、領主間の戦に必要な要塞という、二つの城が並存していた』
弥五郎の方をみて、
「こいつか」
取り囲んだ。それをみていた女が
「ちがうよ、その人が助けてくれだが」
集まった男たちの目線が弥五郎に集中した。そこに一人の男が
「おめぇが、これはありがてぇいこった・・あれ、廣瀬神社の方でねいが」
「はい、神社でお世話になっています」
「正吉さんから聞いているよ、弥五郎さんだら、強いだってねー・・・」
三十前後の女が手に何か持ってきた。
「助けてくれで、ありがてぃよー。これしょまんで食いな」
大きな西瓜をもらって懐に抱え込んだ弥五郎は礼を言うと、照れくさそうにして神社へ戻ってきた。
「あれ」
誰かが、参道をこちらに向かって走ってきている。ゼイ、ゼイと息をきらしている神官である。
「弥五郎、大丈夫か、無頼の男たちが茶屋の女を託って暴れていると正吉から聞いて、飛んできたが、どうなったのかな」
「もう終わりました」
大きく深呼吸して、
「そうか」
「何人倒された」
微笑んで聞いた。
「四人です」
うなずいて、弥五郎の抱えている西瓜に目を移し拳で軽く叩いた。
「美味そうな西瓜じゃのう、礼に貰ってきたのか、これは甘そうじゃのう」
鳥居をくぐり境内へと二人は戻ってきた。
大きな声で、
「彩は、おらぬか」
勝手口から彩が出てきた。
「はい、何ですか」
「弥五郎が、お土産を貰ってきましたぞ、でかい西瓜(すいか)じゃ」
「これを水がめに入れて冷やしておいておくれ、冷えたら皆で食べようではないか」
「弥五郎さまが、ですか、どこで貰ってこられたのですか」
顔をみた。
話すと長くなりそうなので、弥五郎は説明も無く、
「お礼に頂いたものです」
「さようでございますか?」
そこで神官は、余計なことをいった。
「街道の茶屋の女を助けたお礼じゃよ」
彩はむっとした顔をした。弥五郎から西瓜を取り上げ賄所へと戻っていった。神官と弥五郎は呆気にとられている。
「ところで、腰に差しているものは桑の枝木ではないか」
かの川でのこと、また、無頼の男たちを倒した様子などを話した。
「自然の営みには、剣術に通ずる極意が数多く存在しているものじゃよ」
「その桑の枝木を削って、小木刀にしてあげなされ」
「はい」
弥五郎は枝木を持って勝手口から賄所にやってきた。そこには彩と鈴がいた。
「彩さま、湯を頂きたいのですが」
そこへすかさず鈴が、
「はい、何をされるのですか」
と側にきた。弥五郎は困惑して、
(そんなに側にこなくてもよいのに!)
困惑しているその顔をみて、彩が、
「鈴は、弥五郎さまが好きなのですよ・・・お兄さまのようで」
おもわず、鈴の頭を撫でていた。弥五郎には兄弟が居ない。鈴も弥五郎と変らぬ境遇で両親兄弟も居ない孤児で神官が育てている。笑った鈴は本当の妹のようで可愛。
「ところで、湯ですか」
聞き返した。
「桑の枝木を湯がいて皮を剥きたいとおもいまして」
「わかりました。こちらの竈(かまど)を使ってください」
その竈の方をみると、もう鈴が薪に火を点けてくれている。大なべに水を入れ、畳に横になり、ウトウトと時間が過ぎるのを待っていた。湯が沸くまで休んでいようとしたがそこへ、彩が話しかけてきた。
「助けた茶屋の女(ひと)はいくつぐらいの方でしたか?」
「余りよくみていないですが、三十後半に見えましたが」
急に声を高めて彩は、
「然様ですか、大変でしたね・・・湯が沸きましたようで」
「はい」
起き上がり、手にした桑の枝木を沸騰している湯の中に入れて半分ずつ数分ほど煮て取り出した。枝の先を歯でくわえ一気に皮を引き剥がすとほのかに赤みのかかった美しい肌に生まれ変わっていた。
さっそく形を整えようと包丁を借りると勝手口から出て行った。
外にでると陽差しが肌を刺すように痛い。陽陰になっている壁に背を向け、削り始めた。
半刻を過ぎてもまだ削っているのか。いや、弥五郎は首を垂れて眠っている。
そこへ神官が城からきた男たちと宿場の男たち数十人を連れ立って弥五郎の所へやってきた。
「弥五郎、村役が話したいことがあるそうですぞ」
弥五郎はすでに、一町先の気配(けはい)を感じている。目を覚まし、枝木の最後の仕上げにかかっていた。
「はい、何か」
先頭に立っていた六十歳前後の男が、弥五郎に話しかけてきた。
「おれっちは田京の村役で庄介といいますだ。弥五郎さまが強いと聞いてよ、神官さまに城の守り役をしていただけねいかと、代表で話しただよ」
「神官さまには駄目だと断られてよ、弥五郎さまに一応聞いでみだがったでよ、申し訳ねーよ」
「ええ、これから三嶋に行って剣術の修行を続けなければならないので」
「へい、そんがー聞いていましたがよー、まだ神社には居るんらじゃ」
「神主様には、まだまだ教えていただくことがありますので、秋まで逗留させて頂くつもりです」
「逗留中に騒ぎさぁあったら、宜しくおねげいしますだよ」
弥五郎は神官に眼をやった。うなずいている。
「はい」
「ありがていよ」
男たちは揃って神官と弥五郎に頭をさげて村役とその男たちは安堵したのか、揃って街道の方へ戻っていった。神社は静けさを取り戻しているが先ほどから弥五郎は気になっていた背後の気に振り返った。そこには、彩が薙刀を持って勝手口から出てきている。弥五郎はびっくりしてみている。
神官は彩に向かって、
「もう済みましたぞ」
平然としている。
「彩さま何ですか、その格好は」
冷静になった弥五郎は毅然(きぜん)として薙刀(なぎなた)を持った強そうな彩にびっくりした。すると神官は弥五郎の方に目線をかえして、
「彩は幼いときから薙刀を操っているで、強いぞ」
彩は、直心影流薙刀術松本備前守紀政元の親類筋にあたり、四歳の頃から薙刀の稽古をしている。
弥五郎は彩と立ち合いをしてみたくなり、
「彩さま、お手合わせ頂けないですか」
「宜しいですか、神官さま」
「そうですな、手合わせの条件が一つあるでのう」
「彩の身に決して触れてはいかん、分かったかな弥五郎」
「はい、では・・・」
下駄を脱いだ手には小木刀。そこは真夏の陽射で熱くなっている石畳の上である。左右の足が熱い。交互に足を上げながら、まるで赤鬼が踊っているような格好である。集中などできない。彩はすかさず下段から弥五郎の小木刀めがけ斬り上げた。見事に小木刀が真っ二つに斬られていた。
「それまで」
神官が大きな声を出した。
「さあ、西瓜が冷えている頃、みなでご馳走になるか」
弥五郎は呆気にとられ、折角、削った桑の枝木を簡単に彩に斬られてしまっていた。
「弥五郎さま、すみません、その木刀・・・」
「いや、それにしても、彩さまの薙刀は凄かった」
弥五郎は神官が彩の身に触れてはいけないといわれたこと、怪我のないように薙刀をどう払うかと頭の中が混乱していた。まして戦うにも拘らず、状況の判断に誤りを生じて下駄を脱いだらどうゆうことになるか、それさえ忘れていた。反省中である。相手が彩だったので気を緩め与えてしまったのだろう。神官は弥五郎が手合わせなど言ったものだから、少し懲らしめもあったようである。ただ、鬼夜叉(おにやしゃ)となった時には神官さえも危うい筈。