明日3日は入間基地航空祭・「鬼夜叉一刀斎」第一章 3 より  | かねこよういち

入間基地航空祭は、毎年文化の日に行われるイベントです。
ブルーインパルスのフライトが行われます。
ちょっと見に行ってきましたところ、出店(でみせ)・イベントの準備をされてました。


かねこよういち


「鬼夜叉一刀斎」第一章 3より



一刻(二時間)ほど眠っていただろうか、目を覚ました弥五郎は疲れがすっかり取れた様子、足取りも軽く勝手口の外にやってきた。そこには六尺ほどの高さに山積された杉の枝など伐採したものがあった。その中には太さが一尺ほどある丸太も数多くあり、これは割る、切る(切落し)の動作の繰り返しが必要とされる。これが神官の意図していた剣術修行の第一歩であった。
もう夏の陽差しが照りつけているが、この年も不安定な気候で空梅雨である。斧(おの)を振り上げ、一心不乱に薪を割っている弥五郎である。
午の刻(十二時頃)であろうか、彩が塩をまぶし、にぎりめしにした赤米を持ってきた。
「弥五郎さま、昼でございます。新官さまが、お休みくださいと言っておられました。こちらにおむすびを置いておきます。手を必ずお洗いになってからお食べになってください」
「はい」
初夏の太陽の光が空気の匂いを刺激している。
井戸で手を洗い、汗を拭って戻ってきた。
にぎりめしを掴んで高々と放り投げ、その間に背筋を伸ばしていた。間に合わないとみえたが、もう弥五郎の口へ収まっていた。これは生れ持った察知(さっち)と反射神経の能力が人一倍あるのだろう。背後でみていた神官はゆったりと拍手を送っていた。
「弥五郎薪割りで気を会得したかな」
「何ですか、気とは」
「そうか、まだ弥五郎は気を、存じないか」
神官の左手に真白な木刀がみえた。
「良い物を持ってきましたぞ」
まぶしいほど白い、白樫(しらかし)の木で作られた五尺(一五一、五㌢)の長い木刀で反り八分(二.四㌢)もあるものである。
「持たせてくれませんか」
「これは弥五郎に差し上げるもの、好きに使われよ」
嬉しそうに、
「神主さま忝い。早速剣術の稽古に使わせてもらいます」
「弥五郎、お主、確り話せるではないか、それでよいのじゃ」
「大島では浪人たちの中に混じって人足仕事をしていましたが、おれをみて話しかける者はいなかったので、今まで話すことがなかったのです。武士言葉は話せます。」
「よし、今後は人を敬う気持、目上への尊敬と確りとした言葉遣いで心から話されよ、もし、おかしな言葉遣いであればその都度注意するのでよいな」
「はい、畏まりました」
とすぐさま、弥五郎は斜め上段から気を発し数回振りおろした。そのすさまじい速さと気迫に神官は受けの態勢をとっていた。
「弥五郎、剣術の稽古は夜半から好きなだけできますぞ、まあ、楽しみにお待ちになればよいではないですかな。それより確り食べて休んで、薪割りに励んでくだされよ」
刻は過ぎ、割った薪は三割ほど、まだ山のように残っている。
夕餉(ゆうげ)を終え、待っていた自由な時間である。神官は夜半過ぎといっていたがもう、気持が先走り素足のまま木刀を持って、石畳が敷きつめられた境内の方へ出ていった。
その姿を追ってみていた神官は、
「弥五郎は元気がよいの、まだまだ体力があるようで・・・頼もしいのう」
弥五郎は社殿の奥へと進み一気に三十段の石段を駆けのぼった。目の前には大楠(おおくす)の木が昼間とは違った表情をみせていた。やさしく弥五郎を包み込みこんで大きく呼吸をしている。弥五郎は木刀を左手に持ってご神木に一礼した。着衣を脱ぎ、褌姿(ふんどしすがた)。
まだ酉の刻(十八時)暮六ツぐらいだろうか、空は薄っすらと明るい。弥五郎は神官の目にとまらぬ速さで振りおろした右手の使い方を真似しようと上段から真直ぐ木刀を振りおろしているがどうしても地面に木刀の先が当たってしまう。この長い木刀では並みの剣豪でも思もうように扱えないだろう。暫く考えて、何か掴んだのであろうか、今度は右肩に木刀を担いで左足をスーと前に踏み込んだ。ものすごい速さで手首を使って振りおろし、加速のついた木刀を追うように右へ半身回転しながら後方へ拳を天に突き上げていた。弥五郎のもつ天性の素質である。
何度も繰り返し稽古している。
しばらくすると、石段の方から微かに聞える摺足の音。辺りは静まり返っているが、人かどうか判断はできない。だが弥五郎はその音を心で感じ、すでに神官とわかった。その顔は昼間の顔とは違う夜叉の如く髪を振り乱し、稽古に没頭している顔。
赤銅褐色した筋肉のこぶが波打っているようにみえた。
「弥五郎、稽古が進んでいますか。竹筒に水を入れてきましたぞ」
(なるほど、これでは鬼夜叉(おにやしゃ)じゃとは、よく言ったものだ)
「忝い。今やっと神主さまの右手の使い方がわかりました」
「そうか、それは早いのう、もう会得されたか、ではみせてくれないか」
「はい」
木刀を右肩に担いだその瞬間もう右拳を天に突き上げていた。
あまりにもすさまじい速さに言葉が出てこない。
「会得されたな弥五郎」
景久は己の十四歳の頃に重ねた。この少年は己とは比較にはならないほど希な素質、才能がある。天下一、二を争う剣豪の姿が見えていた。
「これから毎日一技を教えよう」
「はい、宜しくお願いいたします」
「休みをとりながら稽古に励んでくだされよ、夜は長いでの」
といって石段をおりていった。
弥五郎は父、伊藤弥左衛門友家唯一の形見の書から、五つの構え(上段・中段・下段・脇構え・八相の五つを指す)を繰り返し稽古した。
間もなく丑(うし)の刻(こく)八ツ(二時頃)、弥五郎もさすがに疲れた。何度も木刀を振り、走り回っていたのだから無理もない。月光に照らされた大楠(おおくす)の木に背を持たれ座り込んだ。目を閉じて無想となっている。
大楠(おおくす)の中から聞こえる水流の音が鼓動に変化した。子守唄でも囁かれ心地よい気持になった赤子のようである。大楠(おおくす)の木は霊気となって弥五郎の気を浄化していた。
「どうしたのだ?・・・何か、ご神木と何か話していたのだが」
不思議な感覚にとらわれていた。目頭を左手で擦りながら、
(さあ、少し休んだのか?稽古しなくては)
右手に木刀を持った。だが、もう辺りが明るくなってきた。
(もう、こんな刻になっていたか)
一刻(二時間)ほど大楠(おおくす)の木に背をもたれていたのである。弥五郎にとっては、ほんの少し目を閉じた感覚であったのだろう。
何も無かったかのように再び自然の営みが木々たちに呼吸をさせている。朝の神社の始まりである。
石段をおりて境内に向かった。そこには庭番の正吉が石畳に水をまいている。
「正吉さん、おはようござる」
挨拶された正吉は、まだ、弥五郎とは正式に挨拶をかわしてはいない。この正吉は通いの雇い人で妻子を養っている。
「弥五郎さま、おはようごぜいます。こんなに早よから起きていたのけー」
「ええ、昨夜から毎日剣術の稽古を、ご神木のある所でさせていただくようになりましたので」
驚いたように、
「え、あのご神木のある場所で・・・昨夜からで・・・何も起こらなかったけぇ」
と聞き返した。
「集中して稽古できました。ただ、夢をみていたような刻(とき)がありましたけど清々しい気持です」
「ほうけ、そんがーですか、さすがに神官様が見込まれた方らじゃ」
その理由は、丑の刻八ツ(午前二時)にあの場所へ行くと大楠(おおくす)の木が人の魂を吸うと、昔から言われていたからである。だが事実は違っていた。そのことは神官、景久は知っていたので弥五郎をあえて稽古の場と刻を指定したのである。
「何か手伝い事はありませんか」
「とんでもねーさ、結構でよ」
そこへ、神官が大あくびをしながらやってきた。
「両名、おはようござる」
「一日目の稽古は満足できましたかな」
「はい、初めてです。大島の三原山で稽古をしていた時は型に拘って稽古していたのですが、あの場所では無になってしまい勝手に体が木刀を振っていました」
「そうだ、弥五郎それが気じゃ、そこに相手がおれば動きが先に見えるもの、稽古で身につきますぞ」
「はい」
「後で一手をご指南しよう」
「お願いします」
「さあ、朝餉、朝餉、参ろう」
朝餉も済ませ、かがり、彩が弥五郎と楽しそうに笑いながら出てきたかがりは男っぽい姉御肌(あねごはだ)である。今日の賄いの支度は皐月だったようだ。そう、相変わらず鈴は賄いと洗いものの手伝いをしていた。
かがりと彩は社務へ向かった。弥五郎は腰に差している木刀を勝手口の塀に立て掛け、薪割りの続きを始めた。
一刻(いっとき)(二時間)が経って神官がきた。
「少し休憩したらよかろう」
「今日は確りと午後の休息をとられよ」
その途端、薪を左手に持ち弥五郎の頭めがけ振りおろしてきた。弥五郎はその場から動こうとはしなかった。
弥五郎の頭の上で薪を止めようとした。弥五郎は神官の気を読んでいたのである。頭上で止める事はわかっていた。
(読まれたか)
弥五郎は二尺ほど飛んで勝手口の塀に掛けていた木刀を取ると、神官が右足で踏んでいた薪を払い打ちした。神官もすばやい。もう体勢を整え右手に持ち替えた薪を正眼(せいがん)に構えていた。正眼とは切っ先(きっさき)を相手の眉間につける構え。
「示唆しぶりじゃ、本気で何処からでもかかってこられ」
鋭くなった眼の神官は怖い。弥五郎は殺気を感じた。鳥肌が全身を覆(おお)っている。凄まじい気迫である。百戦練磨(ひゃくせんれんま)の剣聖を本気にさせたが、神官の気を感じることができない。仕方なく、大きな声を発し突きにかかった。
もう神官ではない山崎盛玄である。突きをかわし右足を引くと同時に弥五郎の木刀の手元に一撃を加えた。木刀は弥五郎の手を離れ地面に叩きつけられていた。景久に読まれていた。
「わしの動きを予測してはならん。頭の上で薪を止めることは気付いていたのであろう。それは弥五郎が無の心でいたから相手の気を感じることができたのだ。決して考えてはいけませんぞ」
やさしい老人の神官の顔に戻っていた。
弥五郎は暫くの間、呆然としていたが、これで相手の気を見切ることが出来るようになろう。と、神官は感じた。
「あまりの気迫に我を忘れて攻めの一手を考えてしまいました」
「汗を拭き、少しやすみなされ」
弥五郎は痺(しび)れている両手をみて考えていた。
(無の心か、そういわれればあの時、冗談かともおもったが、神主さまの考えていることがわかったし、何の恐怖心も無かった)
心でそう呟いていた。
相手の気が強ければ強いほど見切れるはず、また、相手に気をみせなければ読まれず。己の気を心で操ることだと弥五郎は感じていた。
それにしても神官景久は修行と戦いを繰り返して頂点に立って見えてきた気の極意を簡単に弥五郎に教え始めた。それは一部の頂点に立った剣豪でも会得することは難しいのである。
剛(発すこと)と柔(吸収すること)の気を合気といい無念無想の修行を重ねなければできないこと、景久は老いて剣を捨てたことの未練が心の片隅にあった。未完成とする刀を持って合気を操る奥儀、夢想剣心技一刀流を弥五郎に託すことが出来るとおもっていた。弥五郎のその素質は鍛錬修行を重ねることで益々進化していくことであろう。


第二章に続く