しまの日記 -204ページ目

前回、1度しか会ったことのない人のことを書いてしまいました汗。ついでに思い出した、元義姉について書きます。私が引っ越す少し前の冬のことでした。兄と元義姉から、両親へクリスマスプレゼントが届きました。ユニクロのフード付きのベストで、多分、店舗のワゴンで500円くらいだったんじゃないかな汗。その頃は、ウルトラライトダウンなんてなかったし、スウェットのような生地でした。冬だったのにね。

 

その前か後か忘れたけど、母は元義姉にセーターを編んであげました。編み物教室に通っていて、私のが仕上がったから、次は元義姉にって感じでした。すると、元義姉のお父さんのセーターがカボスかなんかと一緒に宅配便で届きました。お父さんのセーターみたいなゆったりサイズのセーターを編んでほしかったみたいです汗。編むのはすごく大変なのよと送り返しました。世間のお嬢様は私よりバカと思った出来事でしたあせる

当時、井戸端では、プレゼントのことを、ケチじゃないとお金は貯まらないという風に解説する人がいました。今の井戸端では、プレゼントのことは、うちでもそれはしないと言った人が、ついでにセーターの話をしたら、図々しいと私がびっくりするくらいに言っていました。私は、世間話のついでに、家裁で淡々と話す練習をしただけですDASH!

調停ってどんな展開になるんでしょうね。父と話したら、兄には昔、お金をたくさんあげた(地方に移住して、生活できないと困るから中古車を買ったり)、病気をした時、お金はいつまで払ったんだったかな、そんなこともあったねという感じでした。調停は、そんな話題は関係あるのかないのか分かりません汗

 

しかし、昔、私は柏のサンキ(布や糸のお店、今もあるのかな)で買った毛糸でセーターとニット帽をお揃いで母に編んでもらったのはとてもよかったです。そのセーターとコートを着たら、電車で暑かったんですけどね汗

 

 

スヌーピーのイベントが銀ランクで、グループランキング1位でしたクラッカー
サブのひろっちは、銅ランクでグルラン1位、しまこはグルラン6位で残念汗と思ったけど、キッチン台は10位までだから、よかったです。ガチャハイレアで、いつもよりしっかりやったのに、ふたばランクでした。

さてはて、ブログ初登場のイベント後の在庫管理表でございますあせる。金ランクまでは、あとこれくらいでした。でも目指すは金ランクの100位以内じゃなくて1位という人がいるみたいだから、アメーバとしては、よい商売なのかしらね。

掲示板に、全体ランキング10位以内のことなどが書いてあり、びっくりしました。知らない人が、ランキング上位を目指しているからとプレゼントのお手伝い募集をしているのをしょっちゅう見かけました。すごい作戦ですね汗。いろんな人がいます。元義弟にお墓掃除を誘う内科医も世間にはいるんですよねあせる。別に嫌いな兄が、どんな人と関わっていようが関係ないから、調停では、喧嘩にならないように穏便にしましょうDASH!

 

スヌーピーのイベントが終わり、のんびりしようと思っていたけど、おもいで諸島に水田のイベントが復活していたので、お皿を交換して来ました。稲の在庫は結構あったので、イベント中に交換しようと思ってはいたんでしょうね。

 

 


 

 

先日、バージョンアップした在庫管理表は、計算はあっていたのですが、使用スタミナの表示はあったけど、結晶確率による取得ポイントがありませんでした。取得ポイントは、結晶確率100%の時の値のみが表示されていました。いちいち現在のポイントを入力して、料理後のポイントがぴったんこカンカンだったら、ちょっと嬉しいけど、そんなことをする必要はないし、あと何ポイントでランクアップというランキングに対応するには、下表でまぁいいと思います。

ところで、調停にはびっくりするけど、申立人が上の兄で、相手方が父ほか2名で下の兄と私です。相続人全員で話し合うみたいです。私も、井戸端の人の意見も、父は悪くないです。遺産分与にあたり、上の兄の今までの行いによる減額を主張したくなるだけになるように思います。ちょっとは言いたいけど、言えなかったことが、兄のセットアップした調停で、言えるなんて、よかったけど、今まで元々仲良くはなかったのだから、心配ないさぁDASH!。私の主張のメモは、作成しました。ただ、申立人サイドに気になることがあります。呆れる話なので割愛しようと思ったけど、ついでに書くと、申立人は離婚した相手の親の介護や墓掃除をしていて、離婚を申立人の周囲では公表せずに、美術館の仕事を続けていたけど閉館して、知ったことではありません。相続人でない人が介護した場合の遺産を、申立人はもらったのか、単なる家事手伝いだったのか、よく知りません。今回の調停と関係ないことも多少気になっています。以前は申立人はこのブログを知っていたので、もうこのことは、あまり書きません汗

 

昔々、祖母の葬儀の時に私は上の兄を弟と間違われたので、うちは私ががんばるわよ!?と思っていました。私が喪服、兄が紺のスーツだったからかもしれないけど。