行って来ましたぁ。5年ぶりに裁判所へ
。帰りに傘がなくても済むくらいの雨
が降りました。
申立人は来ませんでした
。労働審判第1回期日と同じかよ
って思ったけど、申立人代理弁護士とも顔を合わせることはありませんでした。次回は11月14日(木)です。労働審判も次回は同じ曜日でした。私はもう行きません。母が専業主婦だから、母の預金は口座名義が母でも父のものという噂を聞いたのですが、そんなことはないそうです。申立人が被相続人に借金した場合でも、それは学費などと同じで贈与になるそうです。
遺産分与は、私が母の介護をたくさんしたなどで増額されることがあると言われたので、母はよく食べる人だったから、一生懸命食事を作りましたと言ったら、スッキリしました。増額されるのかな。
母の葬儀や49日の法要に来ないなど、人としてどうというようなことは、遺産の減額と関係ないそうです。
親に、返済意思があったかどうかは別としてお金を借りて中古車を買うより、自分のお金でカッコイイ新車を買う方が気分いいよってことで済ませました。物語のような兄への手紙は、受付で提出し、事件番号が書かれて朱印が押され、証拠品みたいになりました。申立人代理弁護士が、コピーを受け取り、検討材料にすると言っていたそうです。
申立人代理弁護士は、兄が病気になったのは、最初の就職先のせいでしょうと言ったそうです。祖母の家に学生を何人も連れて泊りに行った先生が、病気になってお金に困るように導いたと手紙に書いたけど、その先生は、Wikipediaに日本の建築史家と載っていて、昔、兄がお世話になった頃は、助手だったけど、九大大学院教授になられたようです。もう退職したのかな。人のおばぁちゃんの家に勝手に泊りに行く人が建築史家って、世の中ちょっとおかしいですよね
。上の兄は、その先生の被害者だと思ったら、かわいそうです。だからもう、遺産の減額や、昔の出来事について言及しません。兄はなんか、私とは仲良くしたいようなことを言ったそうです。だから、今までと同じ、思うところはあっても適当に仲良くしようと思います。
ただ、上の兄は私が思ったよりはいい人だったんです。2年前に入院した時、私は兄が車
を貸してと言ってくるんじゃないかと心配したのです
。ETCカードを入れたままだったし。でも、心配するようなことはありませんでした。
今日の調停官は、父の名前を知っていたそうです。調停官は2人で、私はもう会うことはないから、帰りのエレベーターで、調停官は元裁判官なのか聞いてみました。学校の先生や元検察庁の人もいるが、その人は一般枠で採用されたそうです。途中の休憩時間に、県内産のお米はおいしいという話題になり、山火事のあった地域のお米はおいしくないけど、うちの近くの国道のどっち側はおいしいと言っていたので、〇〇地区のもち米は絶品です
と言ったら、そうです
と言われました。
ところで、父の同級生に、ヤメ検弁護士がいるそうです。今日の申立人代理弁護士と、私の中学の時の交通事故の加害者と3人が同じ苗字※です。労働審判の頃に聞いていたら、知り合い割引にはならなくても、その後の嫌がらせに関与してるかもしれない弁護士なんてことにはならなかったかもね
。その同級生に、今回の調停のことを頼もうかなと思ったけど、それほどのことではないと思ったそうす。
※その苗字は、母が交通事故の加害者関連
とアルバイト先の人の名前でも言っていました。バイトの人は、隣りの中学の同級生で、成人式の時に、たまたまバイトの人と同じ小学校の人に聞いてみたら、加害者の家族かもということは、気が付かなかった、分からないとのことでした。成人式で聞いたのは、同じ高校だったみっちゃん(仮名)です。みっちゃんは、新聞の茨城版に加害者の名前も載ったけど、気が付かなかったと言ってくれたのかな。
ま、調停はとりあえず穏便に済みそうです。問題は、母と叔父名義の土地が、畑にしている土地のほかに、山もあるそうなんです。山は、マイナスの遺産になるかもしれないんですって。祖父はかつて、袴を着て釣りをする怪しい大学生だったと聞いたことがあるけど、山なんか残してくれたんですね
。ひぃおじぃちゃんから相続しただけかな。でも今日の調停で、祖父の名前を聞かれました。
まだ続くみたいだけど、今日は終わってほっとしました。久しぶりの道を通り、曲がった方が近道かなどと父に聞かれたので、800m近くなる、昔通勤した時に測ったなどと話しながら行きました。