2025年2月、念願のバルカン諸国ひとり旅を決行。
2泊3日の旅程で選んだのは、コソボと北マケドニアだった。
まずは北マケドニアに着陸。スコピエ空港の周囲には、荒涼としたバルカンの大地がひろがっていた。
管制施設は年季入りだったものの、ターミナルビルはピカピカの新築。観光立国としてやっていく意気込みを感じる。
この日一気にコソボ・プリシュティナまでバスで向かうべく、まずは空港からスコピエ中央駅のバス・ターミナルをめざす。
しかし日曜ダイヤのため、市街地への次のバスは2時間後。貴重な時間を浪費するわけにいかず、やむなくタクシー(ほとんどボッタクリ価格)で向かうことに。
タクシーのオッチャンの「今日はもうプリシュティナ行きのバスはないよ! 俺が送ってやるよ! いくら出してくれる?」というカタコト英語の執拗なオファーに一抹の不安を感じつつも、断固拒否しつつスコピエ中央駅へ。
ぶじ到着したバス・ターミナル。途上国とまではいかないが、明らかに先進主要国とは空気感が違う。むろん、東洋人は全くといっていいほど見かけない。
チケット売場の表示も分かりづらくて難儀したが、総合カウンターで「プリシュティナ!」と伝えたところ普通に1時間後の便のチケットが買えた。(オッチャンめ…!)
街は全体的にひなびた雰囲気。外国人とみるや群がってくるタクシー運転手たちが、とにかく鬱陶しい。
ただ、オシャレに着込んだ女性や子供も普通に歩いており、治安が特段悪いとまでは感じない。
教会はやはり正教風。
プリシュティナ行きのバスはおんぼろのバン。自分以外の乗客は3人ほどだった。
スコピエからコソボ国境までは30分ほど。
夕闇の景色を眺めていたが、やはり西・中欧とは明確に雰囲気が違い、どこか途上国のような、荒涼とした印象が強い。山も街も、とにかく色あせている。
国境検問所では指示にしたがっていったんバスを降り、直接パスポートを出して手続。独立承認問題がまだ解決していないからか、出入国のスタンプはいっさい押されなかった。
国境からさらに1時間ほど走って、プリシュティナに到着。
スコピエより明らかに寒く、気温は氷点下に達していた。
ホテルまで数kmを歩く。
国境を越えたときから感じていたが、マケドニアよりも雰囲気が明るく、清潔感もあり、そして垢抜けている。
大手ファストフード店やコンビニも複数所在し、むしろアメリカナイズされている印象すらある。
「セルビア内最貧地域」の面影は、全くといっていいほどない。
通りの店には必ずといっていいほどコソボ国旗とアルバニア国旗が。
独立の経緯を考えれば、この愛国意識は当然か。
ホテルにチェックイン後、付近の繁華街を散策。
マザー・テレサ通りも整備されていてとてもきれい。治安の良さが伝わってくる。
地元の人でにぎわうバルカン・グリル店で夕食。
塩気が強いものの、よく焼かれていてとてもおいしい。
ビールがほしいところだが、ムスリム社会ゆえかアルコールは一切なし。こういった二面性もまた面白い。
ホテルに戻り、地元のビールで晩酌。
翌朝、なんと雪が積もっていた。
気温はあいかわらず氷点下で、なかなかにしびれる。
独立記念の「NEWBORN」モニュメント。
プリシュティナのランドマークのひとつらしい。
基本的にイスラム教が主流の国だが、正教会もそれなりに見受けられる。
マザーテレサ大聖堂。竣工は最近らしく、まだ真新しい。
護国英雄・クリントンをたたえる広場。
やはり現代史を体現する国である。
なぞの安倍晋三公園。住宅街の小高い丘に忽然とあらわれる。
昼過ぎには再びバス・ターミナルへ向かい、スコピエに戻るチケットを購入。
日本の地方駅のような、どこかなつかしい雰囲気。
バルカン・グリル店やカフェ、商店も複数併設されている。
ハイシーズンにはそれなりににぎわうのかもしれない。
今回は昼だったためか、大型バスだった。乗客も10人弱ほど。
「コソボ」という言葉は、子供のころニュースで見た遠い世界のものだった。
だが、今なおその国をめぐる諸問題は完全解決にいたっていない。それどころか近年の国際社会の混迷は、近隣諸国を含めたもろもろの情勢をさらに複雑にしている。
この曖昧な「いまのコソボ」を訪れることができたのは、間違いなく貴重な経験だったのではないか。縁起でもない言い方にはなってしまうが、コソボがウクライナのように「訪れることができない国」になってしまう未来も、決して夢物語ではないと思うのだ。





















