言わずにはいられなかった 『ありがとね』 | アリス高崎障がい者就労継続支援

アリス高崎障がい者就労継続支援

群馬県高崎市にある障がい者就労支援施設です。
心の病の方が主に利用しています。
安心感と楽しさと仲間同士のつながりの中での回復を一緒に目指していける、そんな場作りを心がけています。
悩みをゆっくり話せる個人相談の時間も大切にしています

 

 

言わずにはいられなかった 

『ありがとね』


アリス高崎
ブログ担当 N です


ある日の朝の出来事。

心に悲しみをまとった1人の女性が
そのまとった悲しさゆえに、
静かに…とても静かに…瞳を赤くうるまして、机に座っていました。


そこへ後から来た別の女性が隣に座りました。

 

 


「おはよう」

と、悲しみにおおわれて、静かに瞳を濡らして赤く染めている女性に向かって、
無邪気に挨拶をしました。



「おはよう」

赤い瞳の女性から返事が返ってきました。



「あれ?…どうしたの?
目が赤くなっちゃってるけど大丈夫?」


「あぁ別になんでもないよ、
全然大丈夫大丈夫、な〜んでもないから、」


悲しみの中から絞り出すようにして作る人の特有の笑顔で、
女性は何事もないかのように、あっけらかんと答えていました。



「でも目が真っ赤に充血してるよ…なんか目が疲れてるんじゃないの…?
大丈夫…?」


純粋に、
赤く充血した目の事だけを心配してくれています。



「あー、べ〜つに大丈夫、大丈夫!
ちょっと目が疲れてるだけだよ」


悲しみをまとった女性も、全く単なる疲れ目の症状として話しを合わせています。



「まぁそんなことよりさぁ、ネットでおもしろい写真見つけたから、これ見てみなよ、」

赤く目をはらした女性は、目を赤くしながらも、
話題をそらすかのように、手持ちのスマホで、かわいい動物の写真を見つけて、それを相手の女性に見せてくれていました。


「わー かわいいね!」


写真を見て2人で一緒に笑っています。


心に悲しみをまとい、目を赤く潤ませている女性も、
目が赤く充血しているから大丈夫?と心配している方の女性も、

それぞれが全然違う心のおもむきの中から、
スマホに写し出された一枚のかわいい動物の写真を見て、
一緒になって笑っていました。


僕は少し離れたところから、
その2人の光景を、
まぶしく尊いものとして見つめていました




しばらくしたら、
目が赤くなっていることを心配してくれている方の女性が、
僕に話しかけてきました。

「あの…なんか…右目にまつ毛が入っちゃったみたいで…ちょっと痛いんで、目を洗ってきてもいいですか?」

そのように伝えてきてくれました。


見ると、確かに右目だけが真っ赤になっています


「うん、いいですよ。
目を洗ってきてください」

僕がそう言うと、
彼女は席を立ち、洗面台の方に行き、
赤くなった右目をジャブジャブ洗っていました。

なんとなく僕も近くにいて、その様子を見つめていました。

彼女は鏡を見つめ、何度も片方だけ真っ赤に染まった自分の瞳を見ています



「大丈夫?」

横から僕が尋ねました。

「はい。まつ毛が右目の中に入いっちゃったみたいで、
洗ったら取れました。」

カラッとした笑顔でそう答えてくれました


カラッとした笑顔で答えてくれた彼女の右目は、まだ真っ赤なままです。



目を洗い終え、洗面所から部屋に戻ろうとする彼女の背に
僕がちょっと声をかけました



「ありがとね」



「え?なにがですか?」


女性は振り向いて僕に尋ねました。


「いやぁ、目が赤くなってること…片方受け持ってくれてさ…」


 

 

 


僕には、右目だけを赤くしている女性の姿が、

先程の悲しみにまとわれて涙をにじませて瞳を赤くしている女性の、

その半分を

無邪気な笑い合いの中で

その半分を分かち持ってくれたように

そんなふうに見えたのです。



「え?…私、右目にまつ毛が入っちゃったから赤くなっただけなんだけど?」


不思議そうな表情で女性は僕にそう伝えてきてくれました。


「まぁそうだよね、」


「はい…そうです」


2人でちょっとクスっと笑い合いました。


女性はまたクルリと僕に背を向け、部屋に戻ろうと歩みだしました。




「そうなんだけどさぁ…
でもやっぱり…
片方だけ目を赤くしてくれて、
目の赤いの、半分受け持ってくれてありがとね」



ぽつりと小さな声で女性の背中に向かって、
僕はそうつぶやきました。


女性は僕の方に顔を振り分けると、
不思議そうな表情で、首をかしげていました。

 

 

 


そりゃ不思議ですよね

自分の右目にまつ毛が入っただけだから。

それで片方の目だけが赤くなっただけだから。

それでそれを水でジャバジャバ洗い流しただけだから。

ただそれだけのことなのに、
背中からお礼言われたら、
誰だって不思議で首かしげちゃいますよね。



そりゃそうなんだけど…

そりゃそうなんだけど…


やっぱりなんだか言わずにはいられなかったなぁ




なんてことなく朝やってきて、

悲しみにまとわれた心で目を赤く染めていた一人の女性のその横に、
なんの事情も知らずになんてことなく座り、

赤くなっている瞳を心配してくれた後、

2人で一緒にかわいい動物の写真を見て笑い合ってくれて、

そして…そして…

理由が何であっても…

どんな理由であったって…

悲しみの赤い瞳のその赤さを
半分こづつにするようにして、

自らの瞳を片方だけ真っ赤に染めあげてくれたというその現実に、

僕は訳もなく感謝の想いを捧げたかったのです。



不思議に思われるかもしれないし、

わけのわからない話かもしれないんだけど、

僕はやっぱり…そのひとつの光景の中に含まれている『何か』に対して
深く感謝の想いを捧げずにはいられなかったのです