2024年「本屋大賞」の3位にランクインした作品です。久しぶりで重厚な本を(厚みもですが、内容も!)読みました。塩田武士と言えば各賞を受賞し、映画化もされた「罪の声」を思い浮かべますが、内容は全く違えど、誘拐事件をメインとして刑事物という点は同じで、新聞記者出身の作者らしい小説でした。

 

神奈川県で前代未聞の二件同時誘拐が発生します。一件は、2000万の身代金の500万円しか都合がつかない行き詰った会社経営者立花の子ども。方や1億円の現金を用意出来る食品会社の創業者木島茂の孫の内藤亮。やがて警察は 同じ犯人による誘拐事件で、立花家の方は囮(おとり)ではないかと判断するのです。この辺の警察や取材記者たちの緊迫したやり取りは、とても読み応えがありました。

 

立花家の敦之は無事に戻って来て、木島家の孫、内藤亮の誘拐事件は、身代金受け渡し役の祖父茂の早まった行動や、警察のミスもあり、三歳の亮は消えてしまうのです。そして奇跡的に三年後、亮は祖父母宅に戻って来て、事件は終わりを告げるのですが、本作は ここから始まると言っても過言ではない展開を見せるのです。

 

6歳になっていた亮、でも行方不明になっていた3年の事はわからず仕舞い。こんな事ってあるのでしょうか?私たち読者は その真相を知りたくてこの長い30年にも及ぶ物語を読み続けるのです。そこには切ない真相があるとわかっていても。

 

時は流れ30年後、定年間近の新聞記者門田の元へ、誘拐事件を担当した中澤刑事の訃報が届き、彼がその後もずっと誘拐事件のことを調べていたことを知るのです。同時に誘拐事件の被害者、亮は 如月脩というイケメン画家として時の人になっているを知り、聞屋(ブンヤ)魂に火が点いた門田は、真相がわからず仕舞いだった事件を、再び調べ始めるのです。

 

「如月脩」こと内藤亮と、クラスメートだった里穂との淡い恋模様や、写実画家を目指していたけれど、画壇の理不尽な仕打ちに夢破れた才能ある青年の話が、行きつ戻りつしながら描かれて行きます。ここで登場して来る写実絵画専門の「トキ美術館」は 13年ほど前に行った千葉のホキ美術館の事を指しているのは一目瞭然。あんなに遠くなければ、もう一度行きたいくらい素晴らしい美術館でした。

 

ラスト、如月脩こと内藤亮と再び会う事が出来た里穂や、亮の誘拐に関わる事になってしまった人物の苦労に満ちた人生が明かされ、終章「再会」を描くためにこの長い長い物語は書かれて来たのだと思うほどでした。先日読んだ本屋大賞4位の「スピノザの診察室」も、人の生死に関わる話だけに 読んでいる時に感動を受けましたが、この「存在のすべてを」からは、そう言ったいわゆる「感動」とは次元の違うところでの「生きて行くこと」に対する静かで深い「感銘」を受けました。(ネタバレになってしまうので、あまりあらすじには触れませんでした)

 

付記:この小説の中で重要なモチーフになっているのが、「Longing Love(あこがれ/愛)」というインストゥルメンタルナンバーのピアノ曲です。どんな曲かとyoutubeで検索したら、私は JT(たばこ産業)のCMで耳にしていました。CM自体もとても素敵で魅入ってしまいました。

 

多分本作は、「罪の声」のように映画化されるのではと思います。何故なら本作に出て来る場所が、長野や京都、北海道と、とても「絵になる場所」ばかりだし、「Longing Love(あこがれ/愛)」という曲が、映画のバックミュージックに流れている場面が想像出来るからです。

 

ジョージウィンストン作曲「 longing love(あこがれ/愛)」