現役の医師&作家の夏川草介の「スピノザの診察室」を読みました。今年度の本屋大賞の4位に選出された作品です。訳あって大学の医局を追い出されて、地域の病院の勤務医になった雄町哲郎の物語です。スピノザとは、17世紀のオランダの哲学者で、「唯一の神は自然である」と説き、教団から破門されたとの事。

 

夏川草介と言えば「神様のカルテ」ですね。「1章」「2章」「3章」「0章」「新章」と読みました。松本の24時間地域医療の本庄病院の医師栗原一士と写真家の妻榛名の住むおんぼろ長屋の一風変わった住人達の物語。「患者の話をしているのではない、人間の話をしているのだ」が口癖の一士の人柄が大好きでした。

 

本作は、舞台を京都に移して、30代半ばにして、亡き妹の忘れ形見の中二の龍之介と暮らすことになった哲郎の物語です。ですがどことなく「神様のカルテ」の栗原一士を彷彿としてしまうのは私だけでしょうか?ちょっとびっくりしたのは、出版社サイトの編集者のコメント「執筆を依頼してから14年経っていた」でした。てっきり「神様のカルテ」を終結したので、本作を描いたとばかり思っていました。


舞台が京都という事もあって、和菓子が大好物という設定の哲郎。京都の銘菓が次から次へと出て来て、垂涎ものの私でした。北野天満宮の長五郎餅に、阿舎利餅、出町ふたばの豆大福、清水緑寿庵の金平糖などなど。長五郎餅は食べた事がないので、いつか是非食べてみたいものです。

 

内視鏡手術の名医として、洛北大で活躍していた哲郎も、今は地域の中核病院で、病気や高齢で治る見込みのない患者を診る日々。時には猛暑の中、自転車をこいで在宅診療に向かうのです。家で看取る事の大変さ。現在の進んだ医療の元では、簡単に死ぬことすら出来ません。正確ではないかもしれませんが、「生と死の間には 越えなければならない深い谷がある」という言葉が印象に残りました。

 

洛北医大で、内視鏡の公開手術をする事になった時の哲郎のありえないような活躍?(医局の医師でもないのに)への疑問はさておくとして、洛北医大から哲郎の元へ研修に派遣されたやる気満々の南茉莉の新米医師としての成長物語でもある本作。南の哲郎へ心酔ぶりといい、甥龍之介の成長といい、何となく続編を感じないでもありません・・・というか続編を心待ちにしています。

 

本作にはさまざまな患者が出て来ますが、中でも動脈瘤破裂のアル中患者が心に残りました。自分には資格がないと言って、頑として生活保護を受けずに、そのため満足な治療も受けられずに・・・。彼の死後発見された期限の切れた免許証の裏に書かれた「先生、おおきに」の文字に、涙、涙の私でした。

 

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「神様のカルテ 新章」の感想