第165回直木賞受賞作、佐藤究氏の「テスカトリポカ」を読みました。麻薬や臓器売買という際どい内容に暴力的な表現という事で覚悟して読み始めましたが、想像していたよりは読みやすかったです。ただ550ページという分厚さなので、ところどころすっ飛ばして読みました(謝)。

 

直木賞をW受賞した澤田瞳子氏の「星落ちて、なお」は既読ですが、実在する浮世絵師の一生を描いたドキュメンタリーに近い作風なのに対して、一方こちらは、メキシコ~ジャカルタ~日本を舞台にした麻薬カルテル組織のノワール系のクライム小説、真逆の小説でした。この手の小説はほとんど読みませんが、大昔に読んだ馳星周の「不夜城」を思い出しました。

 

主な登場人物は、絞りに絞って三人。メキシコの麻薬密売人のバルミロ。カルテルとの抗争に敗れて家族を皆殺しにされ、復讐のために臓器売買に手を出し、流れ流れて日本にやって来ます。そのバルミロとジャカルタで出会ったのが末永。日本では超一流の心臓外科医だったのが、精神安定のために手を出した麻薬で人生を棒に振り、今ではジャカルタの裏社会で売買される腎臓の摘出手術の闇医者に成り下がってしまい・・・。

 

そして薬中のメキシコ人の母と日本人のヤクザの間に生まれたコシモ、最悪の環境の中で育ち、少年院送りになったりしながら、工芸品のナイフ職人を目指して、パブロの指導の元、修行に励むが、その巨体故、バルミロに目をかけられ、いつの間にか悪の組織に取り込まれて行くのです。

 

この小説の目新しいところは、心臓の臓器売買というブローカービジネスを取り上げたところと、それに古代アステカのいけにえを捧げる宗教を絡めたところでしょうか?少々ネタバレになりますが、心臓ドナーを待ち続ける患者たち。特に世界中の大金持ちの子供たちは、順番待ちの間に命を落とすのが通例。お金に糸目をつけない大金持ちと、訳ありで生まれて来て、国籍を持たない子供たちを密かに利用しようとするバルミロと末永。

 

麻薬などの借金で首が回らなくなった人を、ヤクザ組織がフィリピンに送り込んで、腎臓を一つ摘出して借金に当てさせるという事は訊いた事がありますが、心臓ブローカーの話は初めて訊いたというか、多分この小説のエンタメ部分だと思います。無国籍の子供であれば、行方不明になってもばれないわけで・・・。その子供の心臓を大金持ちの子供に移植する・・・。金次第の世の中に暗澹としました。

 

物語では、これをバルミロが信仰するアステカの宗教で 生贄として捧げられた生きた人間から心臓を取り出す儀式になぞらえています。「テスカトリポカ」とは「煙を吐く鏡」という意味だそうで、その鏡は 古代ではツルツルした黒曜石との事。表紙に使われているグロテスクな絵柄が テスカトリポカだそうです。バルミロの「俺たちは家族(ファミリア)だ」という口癖に、映画「ゴッドファーザー」を思い浮かべたりもしました。

 

という風にエグ過ぎる内容の小説ですが、バルミロにいいように利用されたコシモが一泡吹かせるラストに、多少は胸をなでおろしました。出来ればパブロといっしょに工芸ナイフの銘品を作り続けてほしかったです。